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白洲次郎 占領を背負った男
オトコに惚れる。いや、けっしてバイではないし、そういう話でもないですよ。たまに、時空を飛び越えて惚れてしまうことがあるのです。今回は、約60年前にこっそりと活躍した日本人でした。こっそりと。そう。けして英雄として広く祭り上げられているわけではなく、有名でもなくてあまり知られてない人の方が、ヒットする。

白洲次郎。彼は戦前の一実業家でありながら、宰相吉田茂に太平洋戦争の最中出会い、吉田反戦グループに参加したことから少しづつ世の中に登場する。1945年、吉田茂に請われて終戦連絡中央事務局に居たときのこと、GHQのマッカーサーに、天皇の贈り物を届けに行ったとき、マッカーサー本人に「適当にそこらへんに置いておいてくれ」と言われたとき激怒しながら英語でこう叫んだという「いやしくもかつて日本の統治者であった者からの贈り物を、その辺に置けとはなにごとですか!」と。そして贈り物を持って帰ろうとしてマッカーサーをあわてさせた。当時、ナチュラルな視点からものを見、考え、実行し、神にも近いマッカーサーをも叱りつけるという暴挙にも似た行動がとれた日本人は彼しかいない。なぜそのようなことが出来る視座にあったのかが興味深い。

1946年に彼は、憲法改正に参加している。GHQが提案する案をそのまま鵜呑みにしてしまうと、後生に必ず禍根を残すと。そのために出来る限り今抗っておくんだということであったという。しかし新憲法自体は結局マッカーサー案で今に至る。その恨みを1951年、サンフランシスコ講和会議において、吉田茂首相が読み上げる受諾文書を英語で書かれたものから、日本語に書き直させた。「講和をする相手の国の言葉で読み上げるバカがどこの国にいるんですか!」と。ただ書き換えるだけではなく、沖縄諸島返還についての条項を盛り込むことにも成功した。この過程において相当GHQには抗ったらしい。その結果、マッカーサーから直々に吉田茂政権の元で、貿易庁長官として指名される。そして貿易庁長官時代、彼の人生で最も意義深い事業が、通商産業省の設立である。以下、北康利著「白洲次郎 占領を背負った男」より
次郎は国民に呼びかける形で次のように書き残している。「吾々(われわれ)の時代にこの馬鹿な戦争をして、元も子もなくした責任をもっと痛烈に感じようではないか。日本の経済は根本的の立ち直しを要求しているのだと思う。恐らく吾々の余生の間には、大した好い日も見ずに終わるだろう。それ程事態は深刻で、前途は荊の道である。然し吾々が招いたこの失敗を、何分の一でも取り返して吾々の子供、吾々の孫に引き継ぐべき責任と義務を私は感じる」

戦後日本は奇跡の復興を遂げる。各国はその秘密の鍵を解こうと、さまざまな方面から「日本株式会社」の分析を行った。そうしたとき、必ずと言っていいほど出てくるのが「通商産業省」の存在である。強力な輸出振興策を打ち出し、世界中にあまねく日本製品を行き渡らせた行政手腕から、海外でしばしば「ノートリアスMITI」(悪名高い通産省)と呼ばれて恐れられた。この通商産業省という役所は、実に、ひとりの男の執念が作り上げた「日本復興」の切り札なのである。それが白州次郎だったということは意外と知られていない。

彼は通商産業省の設立直後、一切の政治活動から身を引く。

ピューリッツァー賞を受賞した本、ジョン・ダワー著「敗北を抱きしめて」によると、占領日本はマッカーサーが日本語を喋れなかったことが決定的な要因となって、戦前の官僚システムをそのまま戦後に引き継ぐことによって、戦後復興を成し遂げようとした。とある。その結果が60年経ち教育を中心としたさまざまな分野に置いて弊害となっているという論調があるが、居るところには居たわけで、その分野においては実を結んだ後の世界にいることを、改めてリアルに実感する。
| 昭和 | 23:22 | comments(5) | trackbacks(0) |
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| - | 23:22 | - | - |
この前、デートコースにと言っていた、武相荘は白州次郎と正子さんの旧邸です。ちなみに、我が家ではかなりの有名人です。神戸一中出身というのもありますが。番組、友人にとってもらいました。日記みて、おぉと思った。
| naoaki | 2006/04/10 8:00 AM |
おぉ。。。それ聞いたときには認識がゼロに近かったな。

本日某所にて白州正子に会ったって話を聞いて、コートの下にそのまま下着を着てたっていうだいぶファンキーなばぁちゃんだったらしいですよ。
| tama | 2006/04/11 12:32 AM |
それだけ聞くと、すごいなー。ぶるぶる。しかし、白州正子の行脚量には敬服します。たくさん歩きたいなぁ。
| naoaki | 2006/04/11 9:24 AM |
白州邸こないだ行きましたよ。
おばちゃんたちの巡礼地みたいになってたけどよかったですよ。
書斎とか。
| いっさく | 2006/04/12 12:53 AM |
うーん、気になって気になって気になってるけど、この話を聞いてから三往復くらい小田急線鶴川駅を通過したけど、いまだに降りれていない・・・。行きたいなぁ。
| tama | 2006/04/25 1:32 AM |









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