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軍事予算と技術者の夢の狭間で
ヴェルナー・フォン・ブラウン。ガンダムに登場する月面都市の名前で有名なこの人について、NHKで4夜連続で放送していたのでした。この人、簡単に説明すると自身の宇宙旅行への夢のために、ナチス・ドイツのロケット開発予算を使い、ナチス親衛隊の将校にまでなり、第二次世界大戦末期、多くの部品とともにアメリカに投降して、ソ連との宇宙開発競争の中で今度はアメリカの軍事予算をつかって口説いて口説いて、口説き続けて、月面着陸までの間NASAのロケットを開発しつづけた人でした。平和利用なんて言葉はきもちわるいけども、自分の夢に軍費を投入するというセンスは悪くないとおもう。
元々数学と物理の嫌いなこの少年は「惑星間宇宙へのロケット」を読んで以後、猛勉強し、ベルリン大学で物理学の博士号を受ける。以後、ドイツ陸軍がロケットの長距離兵器としての可能性に注目し、彼は軍の豊富な資金をバックに大型ロケット開発を担当するようになる。ナチス親衛隊に入隊し、将校として「V2ロケット」の製造をする。このV2ロケット、世界初の大陸間弾道長距離ミサイルで、超音速でドイツ本国から直接ロンドンに向けて打ち込むことができた。すでに爆撃機を敵地に向かわせるだけの力がなくなっていた1944年9月以降、報復兵器として、ベルギー・フランス・イギリス・オランダに対し、ロンドンの1358発を筆頭に、通算3172発打ち込まれた。しかし、誘導システムは初歩的過ぎて特定の目標を狙うことは難しく、軍事的には効果があまりなかったのでした。

第二次世界大戦末期、フォン・ブラウンは計画スタッフを招集し、どの国に降伏すべきかを検討し、残されたV2ロケットとV2の部品と技術者達とともにアメリカに投降した。アメリカ軍は大量の部品を持ち帰ることを優先したために、大半のV2生産チームのスタッフはソ連の捕虜となる(このことが以後ソ連のロケット開発に大きく貢献する)戦後、冷戦の中で二つの超大国は互いの国に核ミサイルを撃ち込むためにこのナチスの残した弾道長距離ミサイルの改良を始めた。(必ずしも「ナチス」のV2を使いたかったわけではなかったが、結局それより優れたものがつくれなかった)その具体的な成果として、ソ連による1957年の世界初の人工衛星、スプートニクの打ち上げ、1961年の世界初の有人宇宙飛行と、アメリカは当初宇宙開発においてソ連に遅れをとる。(これらすべて、双方の軍が、ミサイル開発の過程のプレゼンテーションとして、国家の優位性を示すために行っていたことだったのでした)

アメリカに投降して13年後の1958年、NASAが成立。1961年のケネディ大統領による今後10年以内の月着陸という大きな目標をかかげ、フォン・ブラウンは主任設計者としてアポロ計画に携わり、サターンVロケットによって1969年の月面着陸を成功させる。

この宇宙開発という産物は、1991年、ソビエト連邦の崩壊とともに縮小化される。元々冷戦構造の中での軍事予算から始まったことだったので当然といえば当然なわけだだけども、今まさにつかっているインターネットも、元々はその大陸間弾道ミサイルによる核攻撃によって破壊されたアメリカの都市間を結ぶためのネットワークとして開発されたことは今どの程度の人が知っているのだろう。
| 昭和 | 23:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
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