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東京芸術大学美術解剖学講義 後期第1回 福武總一郎氏
speaker:茂木健一郎氏×福武總一郎氏
date & place:2007年10月1日
東京芸術大学上野校地 美術学部中央棟 第3講義室にて

東の越後妻有、西の直島。と言われるくらいアート、デザイン業界にとっての聖地となった直島を地域再生プロデュースしたのが、ベネッセコーポレーションの会長の福武總一郎氏である。

「体制に対する反抗。レジスタンス。芸術をやる人間はそれが一番大事だと思いますね。それが私の独断と偏見です。」

2007.08.20 直島
2006.09.03 越後妻有アートトリエンナーレ2006
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瀬戸内国際芸術祭ってのを北川さんとやろうと思っている。Benesse。これは宣伝ではなくてね。よく生きる。よく生きるためにみなさんがどんなやくわりを果たせるか。ラテン語からつくった造語を社名にしました。もともと出版がやりたくて、福武書店から社名を変えていったことで事業の幅が広がった。もう一つはプロセスを楽しむこと。みなさんもいずれ死ぬでしょうから、プロセスというのは大事。東京にいたころは楽しかった。いろんな有名な人に会って、赤坂六本木で飲んで。でも親父が死んで岡山にかえらなくてはならなくなって気がついたのは、東京は狂ってる街だということです。不易と流行。東京嫌いなんですけども、昔は好きだった。緊張、競争、娯楽、情報。いわば人間というキーワードの全くない街だと思います。ニューヨーク、パリ、ロンドンは車で20分もいけば、鬱蒼とした森がある。あっちの文化人てのはそういうとこに住んでるんですよ。東京は一時間いっても無い。世の中の情報とか流行とかってはたして本物かね、と、田舎に帰ってわかった。そういうことがきっかけになって直島のプロジェクトが始まりました。1997年頃。私が岡山に帰ったとき、あまりにも落差があって身の置き所がなかった。自分の考え方に役立ったのは、木村尚三郎先生の本なんですよ。「どこにでも通用する普遍性をもった、しかも地方的な土地のにおいのする行き方である」ま、こういうこと。中央文化なんていうものは存在しない。こういうものは田舎の人間にとってはとても支えになりました。これを私なりに解釈して経営する。ということがベネッセという会社であり、直島のプロジェクトである。人生ってのは自分のメッセージを作品化するってことだと思うんですね。人生の達人じゃないとメッセージがつくれないってことはぜんぜん無いと思っている。今の日本にもっともかけていることは、事実を知らないってことだと思うんですよ。加藤紘一さんて衆議院議員が言ってましたね。日本は最も進んだ社会主義国だと。自分の感性とか思いだけで作品をつくるべきではないと思うんですね。活字よりも芸術が力をもってこなければならない。そのためにはアートの中にメッセージ性がなければだめだと思う。

現代社会。日本の現状。ふくらむ借金。一年に20兆円ずつ増えていく借金。オーストラリアに学校を作らねばならないと、やむにやまれずつくった理由がここにあります。税金が借金返済のために永遠と働かされる。国畜のような状態だと思いますね。みなさんがたアーティストの卵は、こういう事実を避けてはだめだ。もうひとつが結婚、なぜ結婚しないか、少子高齢化社会。こういうものを作品にどう反映するかが大事だと思う。労働人口が減る。海外から働くために人がきて、治安が悪くなる。かもしれない。それからワーキングプアの実態。5人に1人は年収200万以下ですよ。都市と地方の所得格差。でも都市の方が幸せかどうかはわからない。東京の人は稼がなければならないと思っている。コンビニでめしを食うために稼いでいることが幸せかどうか。東京もソウルも平均帰宅時間は20時。今とても成長している北京では18時には帰れているそうです。日本のおとうちゃんもっと早くかえってちょうだい。部署が悪いんではない。それから子供。子供はやっぱり両親の作品だと思いますね。子供は好きなようにしてはいかん。それは手抜きでしかない。それから教育。日本の教育にはコンセプトが無い。ガバナンスの無い企業は滅びますから一緒です。日本はGDPは世界第二位ですが、毎年20兆円、30兆円借金をつくる国。狂ってますね。そして世界から海外旅行にやってくる順位は29位なんですね。魅力が無いんですよ。文化に魅力がない。文化的魅力とはなにか?そういうことを具現化しようと思って、たまたま直島っていう島が手に入ったんで、つくってみようと思ったんです。

現代美術。国吉康夫。岡山出身ということもあってコレクションしています。現代美術って東京とかニューヨークにおいてあるのが当たり前だと思ったんです。アーティストはお金持ちになれませんよ。音楽はコピーつくれば売れますから。しかし現代美術はコピーできませんから売れませんよ。じゃあなんでやっているのか。メッセージを込めなければやってられません。作品からオーラを発しているものを買う。そうするとだいたい外れませんね。直島にはサブカルチャー的な作品はありません。それは直島には似合わない。直島には現代の課題を込めている作品を置いている。それは東京においてあっても似合わないと思ったんですね。あと、安藤忠雄さん。最初は安藤忠雄さんではいかんと思っていたんですよ。だから会ってみたんですよ居酒屋で。東京の建築家を使おうとは思わなかったんだけども。ボクサー上がり。だから自然と現代社会と戦っているように思ったんですね。最初は監修だけだったんだけども、案があまりにもよくなかったんで、設計をしてもらった。発注者がこびちゃうとダメだと思うんですよ。有名な先生にいい作品をつくってもらう、なんて思ったらダメだとおもう。パートナーだと思ってつくる。建築ってだいたいできたときが完成じゃないですか。そこで、安藤さんに、この建物が朽ち果てるまでつきあってくれと、その代わりに直島のあらゆる人脈を紹介するからという契約をした。

東京を変えることはできない。日本を変えることはできないけども、直島や越後妻有のような小さな地域ならば、アーティストと、地域の人と変えることができるんじゃないかと思った。それから昔の藩のようなイメージでしょうか。道州制はだめですよ。私はアートが目的じゃあないんですよ。アートが地域をよくするためのものだと思っている。作家の名前なんて興味は無い。どんな大きな建物をつくるよりも、アートによる地域作りが最も効果的であると思っているんですよ。直島につかったお金は、都心に中規模のビルを一個建てるよりかかっていないです。地域の魅力ってどうやってつくるんだと。すべての研究、行動ってのは、いい地域をつくるために収斂されるんじゃないかと思ってるんですよ。若い人には興味がない。お年寄りが笑顔だと希望が持てるじゃないですか。越後であればお米がとれる。山菜がとれる。都会とどっちが幸せですかね、ということを突きつけたいと思っているんですよ。

現代美術ってのは問題意識の固まりじゃないかと。テレビとかラジオってのは主体と客体の関係でしかないじゃないですか。突きつけられて、ほらどうよ、ってことでしかない。主体がなければだめだ。説明文はいらないんですよ。解釈が大事なんだ。地域のおばちゃんが新しい見方をみつけることもある。へえ、こんな見方もあったのか!って。現代美術はホワイトキューブに入ったら現代美術ではないと思う。それは単なる陳列と鑑賞になってしまう。現代美術ってのは置く場所を選ぶんだと思うんだよね。波の音と、今だったら虫の音が聞こえるわなあ。テレビはありません。そういう美術館、世界に無いですよね。そういうものに包まれながら。おいしいお酒を飲んで、おいしい食事をしながら、夕日を見て、そういう雰囲気を作りたい。それなりに今、できてるんじゃないかなあ。直島にいると邪気がとれるんだよね。東京に帰ってくると邪気が入ってくるから。直島にくると新しい自分になる気がする。

越後妻有。去年の第三回目の総合プロデューサーをやったんだけども、越後のことは見るに見かねていた。これは三回で終わるんじゃないかって。そこでマーケティングと資金調達をやりました。全部で40くらいの古い民家を再生したんだけど、オーナーシップ制でやってみた。だいぶうまくいったんで第四回目はそれを大々的にやろうって言ってるんだけど。越後は東京から近いじゃないですか。で、もう10年近くやっているし、あそこは珍しいですよ20近くの集落がおじいちゃんおばあちゃんが現代アートに触れて、ボランティアがはいって、こへび隊の女の子が入って、それを目当てに男の子が入って、で、僕ら大蛇が入って。そうやってようやく回り始めた。

文化省。必要なんじゃないか。天皇が帰ってやったらいいのよ。京都に。文化はもっと経済や政治から独立せなあかん。

ベネッセの幹部候補生は直島に呼んで面接するんですよ。一宿一飯。そこで大きな基準が文化に理解があるかどうか。経済だけではだめですよ。そうやってスクリーニングしないと、僕の道楽で終わっちゃうからね。企業が文化にコミットしないとこの国はだめになる。その一つの参考になればいいなあと思ってるんですね。

護皇神社をやるときに地元の人から言われたんですよ。神道的な概念て、大事だと思ったんですよ。あれすれこうすれと言わない。かといってそれを、今、神道の時代、なんて言えないじゃない。エルメスが銀座に三、四年前にできたでしょ。そのときフランスからゲストがたくさん来たんだけど、関空からまず護皇神社に来たんですね。それから京都。フランス人はわかってるなあと。で、もう一つが地中美術館。1999年、ボストン美術館で大きなモネ展示があったんですね。正面にあったモネがこうてくれ、って僕を呼んでんですよ。それが買えるとは思ってなかったけど、どんな理不尽でもまずは言ってみなけれなばならんと思ったですね。で、僕はお金もってないからお袋が出したんだけど 笑 で、それはずっと倉庫に眠ってたんですよ。最初はウォーター・デ・マリアのおっきなボールを置くための場所を直島につくろうと思ったんだけど、しっくりこない。僕はそのとき世界のあらゆる宗教に関係しない聖地を作りたかった。エルサレムを越える聖地を。知ってるかもしれないけどジェームズ・タレルはマリアとあんまり仲良くないんですね。そこでモネをもってきて、安藤忠雄が乗ってきたんですね。っていってあれができたんですよ。いつの時代でも現代美術がある建物をつくってほしかった。コンクリート90センチあるんだけども、300年持つ建物をつくってもらった。


Q アートをつかって町おこしをしようってことが多いなか、失敗が多いらしいですが
A 直島も越後も地域の人。僕も北川さんにとっても、他人の庭に土足で入り込んでるわけでしょ。見方だと思われるまでに10年はかかる。10年持久する力があるかどうかが大事だと思います
Q 企業が競争を強いられる中で、アートに投資をするということに説得など、苦労をしたことを聞きたい
A 私はワンマンなので苦労をしなかった!笑 というのは冗談で、なぜアートをしなければならんのか、とくに株主ですね。それは道楽ではダメで、説明責任が大事だと思います。皆、なにかしたいんだと思いますね。越後の北川さんなんかもとても参考になった
Q マガジンハウスの入社試験をやっていて、国内で一番いってみたいところはどこですか?と聞くと直島が一位なんですね、ということをここでご報告させていただきます 笑
A mixiで地中美術館のコミュニティを毎日見てるんですよ。それをみていて、全体の流れが上向きになっているかどうかは、僕が見ているんです。クレームが増えてくるならば問題だし。来年の四月には犬島のプロジェクトがあるんですよ。それから手島。それで7つの島で瀬戸内国際芸術祭をやろうと思っている。100年続くものをつくろうと思っているんですよ。安藤さんがあんだけ宣伝してくれるからやめるわけにもいかないじゃないですか。一人じゃないからがんばろうかなと。そんなこと考えながらやってるんですけどね。僕の趣味は空と海なんですよ。東京で50坪100坪の庭なんてどうでもいい。僕の庭は瀬戸内海。所有してるか利用してるかの違いなんですよ。それからヘリコプターの免許をとった。学校いかんでも仕事の合間でできますよ。
Q 死ぬまでにやりたいことは?
A 過疎の村を元気にしたいってことです

体制に対する反抗。レジスタンス。芸術をやる人間はそれが一番大事だと思いますね。それが私の独断と偏見です。
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