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「ミスターウォークマン」黒木靖夫


この広告を覚えている人はどのくらいいるだろうか。1989年。まさにウォークマン絶頂期だった頃のソニーの広告である。このウォークマン、技術的に作り上げたのは社長の井深大で、開発の動機は飛行機の中に音楽を持ち込みたかったからだというのは業界では誰でも知っている有名な話だけれども、プロジェクトを取り仕切ってこの絶頂時代を作り出したのが当時ソニーのデザイン本部長であった黒木靖夫氏だった。そしてまた彼はSONYのロゴを始め「ソニーのデザイン」を作った。黒木靖夫氏はソニーのデザインの教典そのものだと言える。その彼が何ヶ月か前に亡くなったという記事が新聞に載っていたときはなんだかとても時代の変わり目を感じたのだった。

今、僕らがiphoneやipod touchに感じるワクワク感は、単純に「デザインが優れている製品だから」という理由だけではない。技術的にもデザイン的にも革新的な出来事を起こすことを「イノベーション」という。僕らが今アップルが作り出すそれらにとてもワクワクしているのは、まさに閉塞しかけていた携帯オーディオ市場における「イノベーション」だからだ。ウォークマンという製品は1979年に発売したときは当時の常識であった録音機能が省かれていることなどの理由により、まだそれが「イノベーション」であるということは消費者は気づかなかったのだが、それを10年かけて彼は作り上げていった。(ipodもここに至るまでに既に6年を経過しつつある。2001年の発売当時、ハードディスク搭載などは時代遅れと思われていた)ともかく、当時のソニーや、アップルが評価されるのは、デザインが良いからではなく、他の企業や製品にはないオリジナリティ溢れた「イノベーション」を作り出すことができる企業だから魅力的なのだ。

10年昔はソニーという会社が作り出す製品が大好きだった。一つ一つの新製品がリリースされるたびに、今度はどんなイノベーションが盛り込まれているのかとワクワクしたものだった。ところがある時期を境にそれを感じなくなり始めた。システムオーディオ、ウォークマン、携帯電話、テレビ・・・etc。一つ一つ確実にSONYのロゴの入った製品は自分の部屋から失われていった。ソニーのイノベーションとは、まったく新しいものを作り出すことそのものだった。世界で初めてのトランジスタラジオ、世界で初めてのテープレコーダー、世界で初めてのテレビ、世界で初めてのビデオデッキ、世界で初めてのウォークマン、世界で初めてのコンパクトディスク。これらの「製品ジャンルそのもの」を作り出してきた。極端かもしれないが、他の製造メーカーの多くはそのコピーを消費サイクルと想定された市場に対して製造しているに過ぎない。しかし、1990年代後半から魅力的な製品が出てこなくなった。VAIO、プレイステーションを最後にソニーはイノベーションを作り出せなくなっていった。

そんな気持ちも薄れつつある今年聞いた黒木靖夫氏の訃報からは、容赦の無い時代の変化を感じたのだった。10年昔、好きだったものは、ソニーという企業の製品ではなく、井深大や盛田昭夫、黒木靖夫の人間性が反映された製品と、そのイノベーティブな開発ドラマだったんだ。大正から昭和一桁代に生まれ、戦後の焼け野原から一からイノベーションを生み出してきた人々は去った。そしてそれを今、アップルに感じているという事実があり、ソニーの役割ではなくなったということは、日本のものづくりにおける創造性の力が如実に低下しているという厳しい事実を突きつけている。

Wikipedia - 黒木靖夫
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