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「時間」と「時刻」という既成概念


「あなたは何故、今の仕事をしているのですか?」
と問われて。

このことに限っては、今の仕事とは、サステナでやっているような広告制作業のことではなく、本業の話だ。何故かと問われると、いろいろあって、高校を辞めたことによっていろいろと見えるようになってしまったからとか、9.11とか、辻信一がいうスローみたいな概念の影響だとか、アルビン・トフラーの「第三の波」だとかいろいろあるけども、そういえば無意識の中で、ものすごく大きなテーマを突きつけられた出来事が、2000年12月31日、慶應大学三田キャンパスで行われた第二回世紀送迎会に関わるプロセスの中で考えたことだったかもしれない、ってことを思い出した。

1900年に行われた第一回世紀送迎会で、福沢諭吉と塾生達は19世紀の悪習を風刺画に描いて、鉄砲で撃ち抜くというデモンストレーションを行ったという。100年後の第二回ではなにをテーマとするか、その一つに「時」というテーマがあった。そもそもは、イベントの進行の理由で、慶應義塾では18時に世紀を越えます、という無茶苦茶な理由から考え始めたことだったけれども、考えていくうちにそれが20世紀の機械産業を象徴する大きなテーマであることがわかってきた。

そもそも、時刻というものは産業革命以前には現在ほど明確に意識はされていなかった。産業革命から始まった社会の工業化によって、工場労働者が流れ生産を行っていく上での管理のために「厳密な時刻」という概念が必要になる。そしてフランス革命によってスイスに亡命してきたフランスの職人達の手によって、時計は発明された。今、僕らが当たり前のように見ている時計と時刻の概念は、たった100年ちょっとの既成概念に過ぎない。19世紀、20世紀を通して社会はその方向に進んできたけども、そこには幸せはなかったのかもしれない。21世紀は、そういう概念から脱却しよう。なんでもかんでも同期をとろうという考えはやめましょう。非同期で、お互いにストレスをかけない関係でコミュニケーションして、そこに出来上がってくるものに、何か幸せを見てみましょうというテーゼを出そう。だからこそ、カウントダウンは24時にはこだわらないっていうスタンスもあるよね。

という議論をしたことが、後から後から大きな意味をもってくるのだった。今、季節のうつろいや、暦っていう複雑な概念を、具体的な概念として表現しようとしているのは、このあたりに思考のルーツがある。

「あなたの仕事は、まだかたちになってない概念を、具体化することなんじゃないの?」

と、あるとき誰かに言われて、よくわかってるなあと思ったのだった。
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なつかしす
| cha | 2008/03/14 10:21 PM |