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NPOカタリバとくみちゃん
今週末、一年半ぶりに会って、その後24時間以内にまた偶然会ったくみちゃん。



7年前に、高校生と大学生が語る「NPOカタリバ」を設立し、現在は登録スタッフ数3500名にもなり、都立高校の約四分の一にはカタリバのスタッフが派遣されたことがあるらしい。感慨深いなぁと思う。


2001.12.15 慶應大学にて

彼女との出会いは7年半ほど前にさかのぼる。9.11の後の沸騰していた時期、メディア寺子屋のスタッフをやっていた彼女は、自分のやりたいことはメディアとはちょっと違うんじゃないかと思っていたらしい。

ちょうどその頃大学四年生の冬、就職活動もあまり積極的にやっていなかった彼女は一緒にプロジェクトをやっていた仲間からも独立して、高校生と大学生が勉強や恋愛のことを語れる場所をつくりたいと思っていた。そんな頃に出会った。そしてどこにも就職することなく卒業して22歳の4月1日、周りの友達はみな真新しいスーツで入社式に望み、これからの社会人生活のキックオフをする日に、髪を短く切ってスーツを着て、一人でオフィスにやってきたときの顔は忘れられない。そのときのことは聞いたことがないけれども、相当な不安とプレッシャーがあったんじゃないかと思う。


2002.10.5 第一回カタリバ

高校をやめて以降、日本の教育のいけてなさに憤慨していた僕は、そんな彼女のことがほおっておけなくなりしばらくあれこれ手伝っていた。ウェブサイトつくったり、パンフレットつくったり、やっていることはいつも一緒のことだけれど。そんな彼女がNPOカタリバを設立したそもそもの理由を、昨日久しぶりに聞くことができて嬉しかった。

「私の地元の友達と話していると、昔だったら彼氏の文句、今だったら旦那の文句をいい、文句を言っているだけでなにもしない。だけど私はSFCに来て、とてもショックだったんです。SFCの人たちは、なにか問題があったら自分から行動して変えて行こうとする。私自身そんな風に変われたことがきっかけです。そして高校生がそんな風になれる場所をつくりたかった。」

そっかそっか。そうだった。このあいだ村井純がSFCだって書いたけれども、そういう側面も大きかった。SFCにはセルフモチベイテッドな、自分から問題やテーマを見つけて突き進んでいくことができる人がやたら多い。だから、そこにはじめて本当に仲間を見つけることができたと思ったんだ。彼女はまさにそんな時に出会った一人だ。

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NPOカタリバ http://www.katariba.net/
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