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東京にいなければならない理由って
一昨日、たまたま一緒に食事をした20代前半の若者は、東京にいなければならない理由について「食っていかなきゃならないですか」と、言った。そうだ。20代前半の頃は食っていくことに必死だった。東京にいれば仕事がある、ように思える。衣服の延長線上として、都市は発達してきたと、都市計画の専門家は誰でも言うだろう。・・・なんだろうこの幻想は。

東京にいれば友達がいる。・・・そうかな?昔、仲がよかった友人は皆ヨーロッパにアメリカに、名古屋に京都に大阪に、と遠くへ行ってしまった。でもね、そういうことじゃないんだよね。

「生き方」の問題なのです。

最近友達になったデザイナーの女の子は、東京に居つつも目の前は鬱蒼とした竹林に囲まれて、家の中に大きな大きな蜘蛛が住んでいて(これがまたとても足が長い・・・)彼の抜け殻について説明してくれた。近所には古民家がたくさん保存されている世田谷区営の古民家村があって、近所の畑からとれた野菜を食べて生活していた。家の中に蜘蛛があるいていたら、気持ち悪いと思う人もいるだろうし、僕も正直苦手だが、自然と共存するっていうのはこういうことだろうなあと思うわけで、これはかなり東京都内でできる20代のライフスタイルの一つの極みだなと思った。

倉敷で泊まった町屋はたったたたみ六畳しかないんだけれど、廊下が縁側になっていて、ちょっと高台にあるから倉敷の瓦屋根が延々と続く風景が見えていて、お風呂とキッチンは新品。まさにいま探している部屋のスペックそのものだった。でもここは倉敷。東京>倉敷間の新幹線代は片道で16,860円。往復で33,720円。じゃあ東京に、ってそんな物件あるわけないんですね。しかし瀬戸内はいい!いずれ住みたい。尾道あたりの海岸線から見える多島海の風景にはかなわない。

一年前の夏に京都で町家を借りる寸前までいって、いろいろとあってとりやめたんだけれど。京都には大きな町屋を二人で借りて、二階をオープンスペースとして「一見さんお断りコミュニティ」をやっている友達がいる。彼らにはあまりプライバシーがないがしかし、突然やってきた友達(とその繋がりの人々)を受け入れて、三年間で何百人ものネットワークができたという。でも、京都の盆地特有の夏は容赦なく暑く、冬の比叡山から吹いてくる風は湿っていてとても冷たく、寒い。

はたまた、僕の友人で唯一20代で家を建てた人がいる。彼は岐阜の田舎に、しかし田舎とはとても思えないくらいコンピュータに囲まれてはいるが、大学を卒業すると実家の隣に家を建てて、たくさんの部屋を持てあましつつも日々持ち込まれるたくさんのエンジニアリングの相談にのって生活している。田舎に拠点を持ちつつも、電話をするとよく東京にいたりするフットワークさを備えつつ、田舎に拠点を持つことができているのは、彼の両親をはじめとする地域のネットワークがあるからこそではあると思うが、これはこれで一つの方法だ。

最近、どれだけか近所の不動産物件を見てまわったけど、どれひとつとして腑に落ちないのは、結局そもそもの「生き方」の部分が腑に落ちてないからなんだろうなあ、というところまではわかってきているのだけれど。
| 無意識の意識化 | 15:16 | comments(0) | - |
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