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インターネット・コミュニケーション
この記事は、すべての広告に関わる立場の方で、インターネットのコミュニケーションに関わる方に言いたい。

いまだかつて、僕自身の経験として、真の意味でのインターネット・コミュニケーションが出来ていたなと思える仕事は、空想生活のウェブサイトと、100万人のキャンドルナイトのウェブサイトだけです。それ以外はすべて作りきり、悪く言えば作りっぱなしだったと思います。
上記2件はいずれも、自分自身が主体として関わっているような関わり方の中で作った仕事でした。
既存の広告代理店や制作会社のビジネスモデルの枠組みの中では到底このようなクオリティに達することは難しく、その抜本的な方法は残念ながら、まったくわかりません。

結局自分自身が事業主体になるか、事業主体自身(クライアント)が自分で技術を身につけて作れるようになるしかないのだとまで思うようになりました。
事業主体者が本当に自分の事業がかけがえのないもので、専門技術を積極的に学ぶような姿勢がなければ物作りを専門業者に託すのではなくて、少しづつでも自分自身が自分の手でやっていこうと思う気持ちがなければいいものはできないと言い切れます。

そう考えると、自分自身もマス・コミュニケーションの概念をそのままインターネット・コミュニケーションの世界に移植、投入することを推進していた時期があることは否定できず、そのような考え方は、捨て去るべきだと確信しています。

客観視の視点が文化人類学的にも重要だと、いままで再三書いてきて、そういう意味では広告代理店や制作会社、それにコンサルティングという業種がなくなることはないとは思いますが。


しかし、よくよく思い出してもみれば、僕が言っていることはアルビン・トフラーの「第三の波」に書かれているプロシューマーのお話でした。

第三の波 プロシューマー
http://22nd.urume.net/2006,0131,431.html

アルビン・トフラーを初めて知ったのは、丁度10年前でした。原書は読んだことがありませんが、この本の内容にふれたことが、僕のインターネットとの関わりの原点かつ最も重要な出来事の一つであったと言えます。

それから着々と、トフラーの予言は本当に現実になっていくなと今日改めて思いました。

結局僕は「生産者と消費者が厳密に分かれた文明」というやつに嫌悪感を感じているのだと思います。少なくともインターネットにその概念がマッチしないのです。インターネット・コミュニケーションがこれから益々求められていく中、このようなことが今後問題として大きな日種になっていくことが、僕の目には見えるのです。
| 無意識の意識化 | 03:51 | comments(0) | - |
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