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男女の役割の分離
ジェンダー論というものがとにかく嫌いだ。男だからどう、女だからどうという議論は、本質的にまったく意味を成さないにもかかわらず、古めかしい既成概念から、逆に突破しようとあがいている余波が、時に凶器となって降りかかってきたりするからだ。

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産業革命による第二の波は、ちょうど核分裂の際の連鎖反応のように、それまでずっとひとつの統合体であった人間の生活を、強引に二極に分裂させていった。その課程で、第二の波はわれわれの経済生活、精神構造、さらには男女の特性にまで、いわば目に見えない巨大な楔を打ち込んでしまったのである。生産者と消費者とを分離させた、第二の波の社会の巨大な楔はまた、労働を二つの種類にはっきりと分ける働きをした。このことは、家庭生活、男女の役割、および個人の内面生活に非常な衝撃を与えた。

産業社会でもっとも一般的な男女差についてのきまり文句は、男性は自分の置かれている状況に対して「客観的」であり、女性は「主観的」であるという考え方である。もし、男女の違いについてこうした見方が核心をついているとすれば、それは生物学的に不変の事実ではなく、いま問題にしている、見えない楔による心理的な効果であろう。

産業革命後の社会においても、家庭は依然として、こどもをつくるという生物学的な再生産をはじめ、育児や文化の伝承に従事する、独立したひとつの単位であった。ある家庭がこどもの育児に失敗したり、こどもを将来の労働形態にうまく適応させることができなかったとしても、その結果は必ずしも隣家の出産や育児などに、悪影響を与えるというわけではなかった。言い換えれば、家庭内の労働は、相互依存度が低いままだったのである。こうした状況下でも、主婦は相変わらず決定的な経済的機能を果たしてきた。出産と育児そのほかの家事労働である。主婦の仕事も「生産」であった。しかし、その生産は自分の家庭用であって、市場に出すようなものではなかった。

一般的に言って、夫がどんどん直接的な経済活動に乗り出していったのに対し、妻は家庭内にとどまり、間接的な経済活動に従事する場合が多かった。男性は歴史的に見てより進んだ形態の労働を分担し、女性はそれ以外の、もっと古いおくれた形態の労働を引き受けた。男性はいわば、未来へと前進したのに対し、女性は、過去にとどまったのである。

こうした男女の役割分担は、人々の人格と内面生活に、分裂を引き起こした。工場や事務所は本来大勢の人間の集まる公共の場であり、調整や統合を必要とする性格を持っていた。そのため、工場労働やオフィスワークが一般化すると、客観的分析や客観的人間関係が一般化した。男性はこどもの時から、将来、相互依存の世界である企業内の役割を果たすように育てられ「客観的」であることが期待された。これに対して、生まれた時から社会的にはかなり孤立した仕事である出産、育児、そのほかもろもろの単調な家事を分担するようしつけられた女性は「主観的」たらざるをえなかった。したがって女性は、多くの場合、合理的、分析的な思考が苦手であると思われてきた。なぜなら、合理的思考や分析的思考は、本来、客観性がなくては不可能だと考えられていたからである。

こう考えてみると、比較的孤立しがちな家庭を飛び出し、他人との関係が深い生産活動に従事する女性が、ともすると、女性らしさを失い、冷徹でしぶとくなったと非難されたのは、当然であった。要するにそういう女性は「客観的」になるのである。

男女の差、その役割についての固定観念は、実際は男性も消費活動を行っており、女性も生産活動を行っているにもかかわらず、男性は生産だけに従事し、女性は消費だけを行うという誤った考えによって、いっそう強調されることになった。つまり、第二の波が地球上を席巻するはるか以前から、女性は抑圧された存在であったが、近代の「男女の闘争」は、巨視的に見れば、二つの労働形態の対立とともにはじまり、とくに生産と消費の分離と軌を一にしていた。生産と消費とが分離した経済は、男女の乖離にも拍車をかけたわけである。

「第三の波」The Third Wave アルビン・トフラー 第三章 見えない楔
| | 23:19 | comments(2) | - |
ジェンダー論は、ヨーロッパと、日本では少し意味合いが代わってくるだろう。

ヨーロッパでの男女の労働のすみわけは、産業革命によってできたのではない。産業革命は、あくまで、決定的なすみわけの後押しをしただけで、12世紀くらいから、「男性=客観的=理性=未来軸」「女性=主観的=本能=過去軸」という思想はあったよ。
いわく、スコラ哲学というやつで、聖書に引用されてる言葉を思想の苗床にしている。

■創世記第2章21節
「そこで神は深い眠りを人に臨ませ,彼が眠っている間に,そのあばら骨の一つを取り,次いでそこの肉をふさがれた」
→女性は、アダムのわき腹からうまれたから、人類全体にとってみたら、「サブポジション」だ、ってこと。

■創世記第3章17節
「更に人に言われた、『あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、地はあなたのためにのろわれ、あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。』」
→女性は本能に忠実で悪い方向を勧めてしまう存在だ、ってこと。

上記みたいな精神的背景があったからこそ、ヨーロッパで男女の労働分化がすすんで、産業革命の土壌を作ったのだと思う。佐藤賢一の「カルチェラタン」「オクシタニア」にその辺が書いてあるから、読むとよいよ。


じゃあ、日本はどうか。労働の文化は、もう、言を待たずして、明治維新からだよね。
中世をたどれば、女性でも荘園の相続権は有していたし、近代の江戸の浮世絵をみても、働く女性は簡単に目にすることができる。

ヨーロッパと日本のジェンダー論は微妙に前提条件が違うかと。

| 8ru | 2009/05/19 2:21 PM |
おお。はるくん。

ブログだと炎上しかねんから今度聞くね。笑
| tama | 2009/05/19 6:52 PM |