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Sense of Wonder 神山
前回のつづき


子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。
もしもわたしたちが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「Sense of Wonder = 神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けてほしいとたのむでしょう。
この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。

「The Sense of Wonder」レイチェル・カーソン


大南さんのBMWの後部座席に、レイチェル・カーソンの「Sense of Wonder」が置いてあったのは、衝撃を通り越してもうなんかこのオヤジはよくわかってるなぁ。。。と打ちのめされるようだった。

Sense of Wonderとは「神秘さや不思議さに目を見はる感性」つまり子供の頃には皆誰もがもっていた感性のことをいう。江戸時代の哲学者、三浦梅園は「枯れ木に花咲くを驚くより、生木に花咲くを驚け」と言ったらしいが、これにだいぶ近いのではないだろうか。



そもそも本来、芸術にしても、日本の文化にしても、元を辿れば自然の世界にたどりつくのだ。それを要素還元したり、換骨奪胎したりして、絵を描いたり、文字を書いたり、歌ったり、踊ったり、家を造ったり、写真を撮ったりして表現しているだけなのだ。

アートを見るために芸術祭に行くのかもしれないけれど、行った先にあるものは、新潟の三国峠の周りにある山々の麓にある棚田の風景であり、魚沼産コシヒカリの収穫直前の黄金の稲穂であり、はたまた瀬戸内海にちらばる多島海の青一色に染まる風景であり、神山においては剣山周辺の山々に存在する生態系なのかもしれない。

ゆえに、現代アート自体は、あたりまえに驚くための呼び水でしかなく、現代アート自体に固執することは愚かだと前々から思っていた。特に美術館があるわけでもないが、神山に惹かれて集まってくる人たちは、皆、このあたりまえに驚いているのだろう。

そのような地域的特質をメタに認知し、適切な規模で無理なのないやり方で、未来を見据えることができていることを、とてもとても羨ましく思った。



















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www.flickr.com|2009.06.07-08 in 神山
http://www.flickr.com/photos/25410558@N05/sets/72157619442737427/

松岡正剛の千夜千冊 第五百九十三夜『センス・オブ・ワンダー』レイチェル・カーソン
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0593.html
| 瀬戸内な日々 | 09:57 | comments(0) | - |
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