2009.07.02 Thursday
自分の仕事をつくる 差分アップデート
2003年に出版された「自分の仕事をつくる」の文庫版を読んでみた。文庫版には「10年後のインタビュー」として、補稿が追加されている。そのうちのひとつ、栃木県益子にあるカフェ「スターネット」の馬場浩史さんに、2005年にインタビューしたという記事が、なんだかいまの自分の状況に深く通ずるものがあったので、転載させていただく。それにしても、今の自分の気持ちそのものが、またしても西村さんのインタビューによって明文化されていて、ここまで近いともうすがすがしいものがある。
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『自分の仕事をつくる』に収録されている馬場さんのインタビューは、一九九八年、彼が益子につくったスターネットという場所がオープンする、その前日に行ったものだ。それから数年が経過したある年の冬。ひさしぶりに再訪してみたら、場所は古びるどころか新陳代謝を重ねていた。以前の母屋は増築され、工房やショップも充実、さらに向かい側の小山を買い取って切りひらき、あたらしいギャラリーを建てようとしていた。
都会での暮らしに違和感を感じて地方へ移ってゆく人は、移り住んだ土地に自分たちを馴染ませ、風景の中にとけ込んでゆくことが多い。しかしスターネットは、少し違った。宇宙船が着陸して、数年後に行ってみたら、村が形成されつつあったような感じ。
数年後にインタビューの中で話していたことは、それぞれなんらかの形になっていて、かつ「まだ終わっていない」空気に満ちていた。
その頃にとらせてもらった、小さなインタビューがある。この文庫本のインタビューの前に、まずはそれを再録したい。二〇〇五年夏、妻や仲間たちと手がけているリビングワールドというデザイン事務所の初めての個展を、彼のギャラリーで行っていたのだが、それに先だって交わしたものだ。
馬場 やりたいことは、一言でいえば「衣食住のクリエイティブな自給自足」ということです。
ーー 「やれたらいいと思う」とか「やってみたい」と言う人はたくさんいる。でも実際にする人は少ない。ほんとうにやってしまうというのは、一体どういうことなんでしょうね。
馬場 自分の居場所をつくっているんだと思う。居場所がないわけですよ。自分の居場所がこの社会にない、と感じている。だから自分の居場所をぐらい自分で作ろうと(笑)。
ーー 何歳ぐらいからそういう心持ちに?
馬場 むかしからそうだったんだと思う。近年さらに激しくなっているんですが、二〇代、トキオ クマガイとの仕事で世界を飛び回っていた頃も、大事なCDを何枚かと、いちばん気にいっている自然素材のブランケットは畳んでスーツケースに入れて、いつも持ち歩いていました。
どこへ行っても自分の場所を作るわけです。いつも小さな自分の場所づくりをしていて、それがいまちょっと広がっているということだと思うのですけど。
ーー 居場所作りに終わりはないのですか?
馬場 うーん。ないんでしょうね。だからね、他人の仕事はあまり受けたくない。仕事にしてはいけないんじゃないかと思う。たとえば、店舗のプロデュースにしても、外側だけ作っても仕方がない。一年ぐらい経過して訪ねてみると、がっかりすることも時にはあるんです。そんな経験を何度か重ねていると、中身まで自分でみれないものはやってはいけないなと。やってますがね。やってますが、今はかなり近い関係の人の仕事に限っている。
「自分」の切り売りになってしまうような仕事は、すごく辛いことですよね。
東京で事務所をひらいていた時代、企業から頼まれる仕事には、時代を先取りしたエコ関連のものも多かった。自然が大事だとか、ローマテリアルが大事だとか、そういうことを考えて関わるわけですが、けっきょくは消費されて、消耗して終わってしまう。それは「自分」の切り売りですよね。
どういうことがテーマであれ、これは一緒だなと思ったんです。最終的には経済効率のための何かになってしまう。オーガニック・ブームもそう。循環型とかなんとか言ってますが、けっきょく経済効果のために使われている。言葉だけがひとり歩きしていて、実体がどこにもないじゃないかと思うわけです。
ーー ほんとうにやってしまう人と、やらない人の違いはなんでしょう?
馬場 捨てるか、捨てられないかじゃないですか。自分がいま持っているものを捨てないと、やはり新しいところには行けませんよね。そこはリスクがともなう。
たとえば数年前、僕が東京からここに移った。これまでの仕事は、一切なくなるわけです。自分のアイデンティティみたいなものも、この場所では崩壊していく。と、いったあたりで腰がひけて、着手できない人が多いのではないですか。生活がイメージできないとか。
ーー 選ぶことは、同時に捨てることでもある。自分がつくり上げてきたものに固執せず、捨てられるのは何故でしょう?
馬場 それしか残された可能性はないと思うから。東京ではけっきょく消耗してーー東京という言い方はよくないのですがーー、そういう社会のなかで、消費されて消耗して生きていくのか。自分の理想に適うものを、理想的な場所を見つけてつくっていくのか。僕の中では、もうそれしかチョイスがないわけです。
三十代中頃までは、東京の事務所で企業のCIや新事業の立ち上げとか、代理店の仕事もしていました。やりたくてやっていたというより、食べるためにそうなっていた。でも企業との仕事は、自分の性格からいっても限界だなと思ったわけです。
ーー日本ではいろいろな仕事が、企業を通じて流通しすぎているように思います。
馬場 そうですね。その結果、やっても薄まってしまうというか。いろんなフィルターを通って、違うものになってしまうことがある。それではエネルギーを費やす意味がない。結局お金だけの仕事になってしまうように感じられて。それで、僕はやらなくなったんです。
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益子・スターネット
http://www.starnet-bkds.com/
自分の仕事をつくる 文庫版
http://www.amazon.co.jp/自分の仕事をつくる-ちくま文庫-西村-佳哲/dp/4480425578
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『自分の仕事をつくる』に収録されている馬場さんのインタビューは、一九九八年、彼が益子につくったスターネットという場所がオープンする、その前日に行ったものだ。それから数年が経過したある年の冬。ひさしぶりに再訪してみたら、場所は古びるどころか新陳代謝を重ねていた。以前の母屋は増築され、工房やショップも充実、さらに向かい側の小山を買い取って切りひらき、あたらしいギャラリーを建てようとしていた。
都会での暮らしに違和感を感じて地方へ移ってゆく人は、移り住んだ土地に自分たちを馴染ませ、風景の中にとけ込んでゆくことが多い。しかしスターネットは、少し違った。宇宙船が着陸して、数年後に行ってみたら、村が形成されつつあったような感じ。
数年後にインタビューの中で話していたことは、それぞれなんらかの形になっていて、かつ「まだ終わっていない」空気に満ちていた。
その頃にとらせてもらった、小さなインタビューがある。この文庫本のインタビューの前に、まずはそれを再録したい。二〇〇五年夏、妻や仲間たちと手がけているリビングワールドというデザイン事務所の初めての個展を、彼のギャラリーで行っていたのだが、それに先だって交わしたものだ。
馬場 やりたいことは、一言でいえば「衣食住のクリエイティブな自給自足」ということです。
ーー 「やれたらいいと思う」とか「やってみたい」と言う人はたくさんいる。でも実際にする人は少ない。ほんとうにやってしまうというのは、一体どういうことなんでしょうね。
馬場 自分の居場所をつくっているんだと思う。居場所がないわけですよ。自分の居場所がこの社会にない、と感じている。だから自分の居場所をぐらい自分で作ろうと(笑)。
ーー 何歳ぐらいからそういう心持ちに?
馬場 むかしからそうだったんだと思う。近年さらに激しくなっているんですが、二〇代、トキオ クマガイとの仕事で世界を飛び回っていた頃も、大事なCDを何枚かと、いちばん気にいっている自然素材のブランケットは畳んでスーツケースに入れて、いつも持ち歩いていました。
どこへ行っても自分の場所を作るわけです。いつも小さな自分の場所づくりをしていて、それがいまちょっと広がっているということだと思うのですけど。
ーー 居場所作りに終わりはないのですか?
馬場 うーん。ないんでしょうね。だからね、他人の仕事はあまり受けたくない。仕事にしてはいけないんじゃないかと思う。たとえば、店舗のプロデュースにしても、外側だけ作っても仕方がない。一年ぐらい経過して訪ねてみると、がっかりすることも時にはあるんです。そんな経験を何度か重ねていると、中身まで自分でみれないものはやってはいけないなと。やってますがね。やってますが、今はかなり近い関係の人の仕事に限っている。
「自分」の切り売りになってしまうような仕事は、すごく辛いことですよね。
東京で事務所をひらいていた時代、企業から頼まれる仕事には、時代を先取りしたエコ関連のものも多かった。自然が大事だとか、ローマテリアルが大事だとか、そういうことを考えて関わるわけですが、けっきょくは消費されて、消耗して終わってしまう。それは「自分」の切り売りですよね。
どういうことがテーマであれ、これは一緒だなと思ったんです。最終的には経済効率のための何かになってしまう。オーガニック・ブームもそう。循環型とかなんとか言ってますが、けっきょく経済効果のために使われている。言葉だけがひとり歩きしていて、実体がどこにもないじゃないかと思うわけです。
ーー ほんとうにやってしまう人と、やらない人の違いはなんでしょう?
馬場 捨てるか、捨てられないかじゃないですか。自分がいま持っているものを捨てないと、やはり新しいところには行けませんよね。そこはリスクがともなう。
たとえば数年前、僕が東京からここに移った。これまでの仕事は、一切なくなるわけです。自分のアイデンティティみたいなものも、この場所では崩壊していく。と、いったあたりで腰がひけて、着手できない人が多いのではないですか。生活がイメージできないとか。
ーー 選ぶことは、同時に捨てることでもある。自分がつくり上げてきたものに固執せず、捨てられるのは何故でしょう?
馬場 それしか残された可能性はないと思うから。東京ではけっきょく消耗してーー東京という言い方はよくないのですがーー、そういう社会のなかで、消費されて消耗して生きていくのか。自分の理想に適うものを、理想的な場所を見つけてつくっていくのか。僕の中では、もうそれしかチョイスがないわけです。
三十代中頃までは、東京の事務所で企業のCIや新事業の立ち上げとか、代理店の仕事もしていました。やりたくてやっていたというより、食べるためにそうなっていた。でも企業との仕事は、自分の性格からいっても限界だなと思ったわけです。
ーー日本ではいろいろな仕事が、企業を通じて流通しすぎているように思います。
馬場 そうですね。その結果、やっても薄まってしまうというか。いろんなフィルターを通って、違うものになってしまうことがある。それではエネルギーを費やす意味がない。結局お金だけの仕事になってしまうように感じられて。それで、僕はやらなくなったんです。
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益子・スターネット
http://www.starnet-bkds.com/
自分の仕事をつくる 文庫版
http://www.amazon.co.jp/自分の仕事をつくる-ちくま文庫-西村-佳哲/dp/4480425578
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