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華道家 木村貴史


ここ最近は人のイベントなりブログなりをお手伝いすること多し。そして今日もそんな日だった。おととい、華道家の木村くんが東京から車で京都にやってきた。今回は出張で、お仕事ということらしい。



voice of KYOTOなるウェブマガジンをやられている元博報堂の宮下さんという方がプロデュースされた、一年に一度、四条烏丸にある「flowing KARASUMA」というカフェで行われる浴衣イベントに、イベントに関わるアーティストの一人として呼ばれたらしい。



そして彼は、いつものように「コンテンポラリーな生け花」をする。僕の知っている彼は、もともと青山学院大学の学生さんだった。学生時代からフラワーアーティストの東信(あずままこと)がプロデュースする銀座の花屋さん「ジャルダン・デ・フルール」でバイトをしつつ修行をしていた。そんなある日、たしか2005年の秋だったか。彼はなにを思い立ってか、サステナでインターンを始める。



花屋のスキルだけでなくて、プロデュースもできるようになりたい、というようなことを言っていたと記憶しているけれど、その後、彼は、大学を卒業後、サステナにフルコミットで働いていた。彼はいろいろな人から大変しごかれた。いや、可愛がられた。笑。彼はしばらく素敵な宇宙船地球号の終わりの30秒間のミニコーナー、エココロテレビの担当だったり、エスプレという出版社から出していた、月刊誌エココロの、サステナ内での担当者であった。



その後彼は、本来の目標であった華道家に専念すべくサステナから離脱。昨年、海外進出のためにマカオを新天地と定め、新しいプロジェクトに取りかかっていたが100年に一度の不況により断念。僕はぶっちゃけサステナでの彼より、今のお仕事の方が大変向いていると思っている。笑。現在は、東京・青山を拠点に新進気鋭の華道家として活躍中。なのだと思う。

思い返してみれば、重森三玲について熱く語ってくれて、当時サステナに居候していたスウェーデンのプロダクトデザイナーのエヴァ・シュルツと片言の英語を駆使しながら東福寺の方丈庭園に初めて行ったのは、彼とだった。なんだかとても懐かしい。



そんな彼の本日の作品。一夜限りのイベントのための作品なので、終了後はたくさんの花を京都の麗しき女子達に配って、彼は東京に車で帰ってゆきました。

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PLANTICA|木村貴史
http://plantica.net/

Japanese Decorative Gigs 2009 in KYOTO
http://voiceofkyoto.com/jp/project/japanesedecorativegigs/2009/kyoto/

www.flickr.com|2009.07.05 華道家 木村貴史
http://www.flickr.com/photos/25410558@N05/sets/72157620999222806/
| ひと | 02:47 | comments(1) | - |
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| - | 02:47 | - | - |
おお、きむ、でかくなりましたね。
その数年の間に、エバはママになり、
私はファッション業界に戻りました。
Life goes onだね。
| せいこ | 2011/03/20 11:43 PM |