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コンセプト
名古屋には、というか愛知にはひとつ心残りになっていることがある。八丁味噌で有名な岡崎にある吉村医院という産婦人科の話。あの大変にぶっ飛んだじいちゃんの先生の話はいつか書かなきゃなぁと思いつつ、一年前のツアーのときは書かなかったのは、いまがそのときではないなーと思ったからで。

まさか昨日、名古屋に柳明菜がいるとは思わなかったが、彼女の口から大本教の話がでて来るとは思わなかった。この数年たびたび聞く大本(おおもと)という名前はそもそも、アレックス・カーが京都亀岡の本部に勤め、そこで日本の伝統芸能を学んだ場所であり

芸術を重んじた活動方針を持った宗教が日本にあるなんてことがとても驚きだった。それもまるで先日のダライ・ラマ法王14世の言っているように、なにかを宗教として押し付けるようなことはなく、とてもオープンな雰囲気を持った大本教とはなんなんだろう。

ただひとつ言えることは、なんらかしらの哲学、コンセプトを持った思想集団というのは、教義の押し付けなり、権威主義化しない限りはとても魅力的であるんだろう。SFCだって大学というよりは宗教みたいなもんだ。

しかし残念ながら慶応義塾自体には現在あまりこのようなコンセプトは感じられない。最近調べていく過程でわかってきた事は、村井純に限らず、24年前に慶応義塾が藤沢に新しい学部を作るにあたり、全学部から集められた23名の教員が開校までの三年間、毎週末集まりディスカッションを続けたという

そのディスカッションの中で生み出されたコンセプト、哲学が「未来からの留学生」というコピーになり、成果として創造的な人達の集る場になったということだ。上杉謙信しかり、カストロとゲバラのキューバしかり、生き方のコンセプトを貫いてそれが感じられることに、きっと僕らは共感するんだろう。

しかるに、そのコンセプトや哲学を持った集団が、政党であれ役所であれ宗教であれ大学であれ企業であれNPOであったって、共感するにあたいする点さえ共通すれば、事業体系などというものは目的にあわせておればなんだって良いのではないか。

ただ、おのおのの領域において甚だしく形骸化してしまった成れの果ての、腐乱死体のようなものがあまりにも多く、それに引きずられてゆくことは本意ではない。そのためにはこの世に哲学というものが必要なのであり、コンセプトはなんなのか。なんのために生きているのかということを常々考えていたい。

...と、そんなことを東海道線の中、名古屋から京都まで二時間ちょっと、延々考えておりました。文章がぶつ切れなのはTwitterに書いているからですが。
| 無意識の意識化 | 00:57 | comments(0) | - |
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