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崖の上のポニョとその背景に潜んでいるもの


スタジオジブリの新作「借りぐらしのアリエッティ」は、7/17(土)公開。そのための発表に今夜の金曜ロードショーは崖の上のポニョのテレビ初公開だったのでした。

崖の上のポニョの舞台は広島県の鞆の浦なんですね。宮崎駿がスタジオジブリの社員旅行で訪れたっていう鞆の浦に惚れ込んだ宮崎監督が、二ヶ月間滞在しここを舞台に映画の構想を練ったということになっています。そんな崖の上のポニョは、一見おだやかな作品のようにも見えるけれど、その裏にはいろいろあるんだよね。映画制作当時、鞆の浦は開発の危機にさらされていたのでした。



鞆の浦、広島県福山市の南にあるこの港町は、江戸時代から続く港町だ。「浦」というのは、津々浦々(つつ・うらうら)といった言葉で今でも聞くことがあるけれど、要するに港町のことである。鞆の浦は「常夜燈」「雁木」「波止場」「焚場」「船番所」という、江戸時代の港湾施設が全て揃って残っているのは全国でも鞆港のみなんですね。あとはすべて、港湾施設がコンクリートで埋め立てられていたり、テトラポッドがあったりと散々たる様相を呈している。

この鞆の浦の港を壊して道路を作ろうとしていることを知ったのは、2007年のことだった。昔からの町並みのために道幅が狭く、通行人と車がすれすれのところですれ違う状態になっているということを理由に、広島県が道路開発をしようとしており、賛成派の住民と反対派の住民との間でもう20年もの間言い争いが起きていた。



2008年末に鞆の浦を訪れ、反対運動推進派のNPO「鞆まちづくり工房」をやられている松居さんにお話を伺ったところ、次の裁判で開発取りやめの方向になりそうだと聞き、既に事は決着を見ていたのでした。結局は大ヒット映画の舞台となった景観を破壊するのはいかがなものかと国会でも話し合われる事態になったことが、そのような結果になったのではないかと松居さんは言う。その、大ヒット映画をつくった宮崎駿さんと鞆の浦を繋ぎ、結果として「崖の上のポニョ」が生まれるきっかけを作ったのはピース ウィンズ・ジャパンの大西健丞さんだった。

事業体としてのNGO活動「ピース ウィンズ・ジャパン」大西健丞さんに聞く
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/ghibli/cnt_interview_20060307.htm




もはや言うまでもないが、宮崎駿さんは自分がつくる作品に、ことごとくこのような現代社会への警告を、直接的ではないにせよなんらかの形で描いている。そんな宮崎駿さんが朝からゴミ掃除をしているというので、お話を聞きに行くという機会が去年の夏にあった。名古屋の平針という里山が開発保全問題に揺れていて、そのためにどうしたらよいかと名古屋市長である河村たかしさんが相談に来るという会だった。

2009.08.31
宮崎駿、日本人の帰る場所を作り続けている人
http://tamachan.jugem.jp/?eid=614



あくまで宮崎駿さん本人は、具体的な紛争に直接的には関わろうとしないというスタンスのようだけれど、世界のアニメーション監督という立場で出来ることを一生懸命考えているんだっていうことが、強く強く伝わってくる。次に彼が生み出す作品には、どんなメッセージが含まれているんだろうか。

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埋め立てのピンチにある“崖の上のポニョの海”こと鞆の浦に遊びに行ってみた
http://greenz.jp/2008/10/21/tomonoura/

約17万枚の原画のほとんどがこのオープニングの海のシーンで使われている。「ポニョの映像演出 奥井敦」
http://ascii.jp/elem/000/000/196/196436/
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