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慶應義塾大学 井上英之研究会にて
この事件は、なかなか文章では伝わらないかもしれないなー。と、思いつつ。絶対に書かなければならないと思うので書くことにする。

2009年の12月のある日、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスに居た僕は、たまたまだけども、素晴らしい瞬間に遭遇して、ついつい貰い泣きしそうでした。井上英之先生の社会起業論の研究会(SFCではゼミのことを研究会と呼ぶ)の中間発表会だった。社会起業とか、ソーシャルアントレプレナーといった言葉にうんざりしていた僕は、どうなんだろう?と思いつつも、興味半分なところでちらっとのぞきに行ったまま帰れなくなってしまった。笑。そこで行われていたことは、社会的な起業云々といったことでは到底言い表せない、もっともっと人間と人間の根本的なぶつかり合いの現場だった。


(写真右がいのさん。「社会起業っぽい!トークをしよう」より)

学部生が、一人15分ずつパワーポイントをつかって、自分がいま進めているMyProjectの発表をしていく。そこで場を共有している学部生のメンバー達が、忌憚なき、またあるときはとても痛烈なコメントを突きつける。ある男子学生は、あまりの出来ていなさにコテンパンに言われてボロボロになっていた。そうやって自己確認をする場なのである。その様子を見ていると、SFCの半学半教ってこういうことかあ。と。改めて目の前で見て思うのだ。井上先生は大学という場所から考えると、まだ30代後半のとても若い先生だ。ちょっと小学校の体育の先生のような雰囲気も持っているが、戦略コンサルティング会社の出身で、学生達のプレゼンテーションにはだいぶキレキレの、しかしとても愛情あふれるコメントをくれる。そして、がんばったときは必ず最後に「よくやったね」という一言を忘れない。

井上先生の、その全身をなげうつようなひとりひとりへのレコメンドっぷりと、半学半教の熱気に押され、当初予定されていた5限から6限にかけての中間発表会は、そうとうな時間押していた。まもなく21時も回ろうかというときに、井上先生がカミングアウトを始めた。来年の春学期をもって、この研究会はなくなりますと。SFCを離れようと思っていると。一部の学生はそのことを既に知っていたようだった。そのとき、一人の男子学生が涙を流しつつ、切々と訴え始めた。「いのさん(先生のことを、皆親しみを込めてそう呼ぶ)は、前に比べてあまり学校に来なくなった。忙しくなるのもわかるけれど、俺たちのことをもっと見ていてほしいんだ」と。

このとき本当にうらやましいと思った。

なにがうらやましいかって、たぶん、その関係性がうらやましいと思ったんだと思う。結局高校生だろうが大学生だろうが社会人だろうが、成長のために必要な場とかプロセスは一緒なんだ。社会人になるとそのような機会がなくなる。よって井上研のOB、OGは、このような機会があるとこぞって集まってきて、一緒に場を味わおうとしてやってくる。

「僕は正直言って先生っていうステータスが嫌なんだと。教員でなくていい。もっともっと普通に人としてつきあいたいんだ。僕だって悩んでいるわけなんだな。」

いのさんは、さきほどの問いかけに対して、こんなことを言っていた。しかし、学生に泣かれる先生っていうのはホンモノだなあと。あんなに学生に愛されてる先生って、テレビの中でしか見たことなかった。とても言葉には表せられないけれど、目の前で起きていることがあまりにも鮮やかで、いい映画を観た後のような感覚だ。

この日の最大の発見は、先生が学生にどれだけ時間を割けるかが、教育における大事な大事な大事なポイントであると。いくら先生がやっていることをスケールアウトしようとばかり思って仕組みを作ろうとしても実現するのはなかなか難しく。しかし本当に愛情を注ぎ込んでさえいれば、おのずと自然とスケールアウトしていくものだ。っていうことに尽きるだろう。


それから二ヶ月後の先日、2009年度秋学期の最終発表会が行われた。中間発表でボロボロになっていたあの男子学生は、その後の二ヶ月間で、見事素晴らしいプレゼンテーションができた。そして4年生の卒業生に、井上先生は必ずこの文章を読み上げて、彼ら彼女らを送り出してくれるのだ。
目の前の机も、その上のコップも、耳にとどく音楽も。ペンも紙も、すべて誰かがつくったものだ。街路樹のような自然物でさえ、人の仕事の結果としてそこに生えている。
教育機関卒業後の私たちは、生きている時間の大半をなんらかの形で仕事に費やし、その累積が社会を形成している。私たちは、数え切れない他人の「仕事」に囲まれて日々生きているわけだが、ではそれらの仕事は私たちになにを与え、伝えているのだろう。

たとえば安売り家具屋の店頭に並ぶ、カラーボックスのような本棚。化粧板の仕上げは側面まで、裏面はベニア貼りの彼らは、「裏は見えないからいいでしょ?」というメッセージを、語るともなく語っている。建売住宅の扉は、開け閉めのたびに薄い音を立てながら、それをつくった人たちの「こんなもんでいいでしょ?」という腹のうちを伝える。

やたらに広告頁の多い雑誌。10分程度の内容を一時間枠に水増ししたテレビ番組、などなど。様々な仕事が「こんなもんでいいでしょ?」という、人を軽くあつかったメッセージを体現している。それらは隠しようのないものだし、デザインはそれを隠すために拓かれた技術でもない。

また一方に、丁寧に時間と心がかけられた仕事がある。素材の旨味を引き出すべく、手間を惜しむことなくつくられる料理。表面的には見えない細部にまで手の入った工芸品。一流のスポーツ選手による素晴らしいプレイに、「こんなもんで」などという力の出し惜しみはない。このような仕事に触れる時、私たちは「いい仕事をするなあ」と、嬉しそうな表情をする。なぜ嬉しいのだろう。

人間は「あなたは大切な存在で、生きている価値がある」というメッセージを、つねに探し求めている生き物だと思う。そしてそれが足りなくなると、どんどん元気がなくなり、時には精神のバランスを崩してしまう。
「こんなものでいい」と思いながらつくられたものは、それを手にする人の存在を否定する。とくに幼児期に、こうした棘(とげ)に囲まれて育つことは、人の成長にどんなダメージを与えるだろう。

大人でも同じだ。人々が自分の仕事をとおして、自分たち自身を傷つけ、目に見えないボディーブローを効かせ合うような悪循環が、長く重ねられている気がしてならない。

しかし、結果としての仕事に働き方の内実が含まれるのなら、「働き方」が変わることによって、世界が変わる可能性もあるのではないか。
この世界は一人一人の小さな「仕事」の累積なのだから、世界が変わる方法はどこか余所ではなく、じつは一人一人の手元にある。多くの人が「自分」を疎外して働いた結果、それを手にした人をも疎外する非人間的な社会が出来上がるわけだが、同じ構造で逆の成果を生み出すこともできる。
問題は、なぜ多くの人がそれをできないのか、ということになるが、まずはいくつかの働き方を尋ねるところからはじめてみたい。

自分の仕事をつくる 西村佳哲著 プロローグより

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