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<< 人間性の未来に対する、50年の相剋の歴史 作り手と売り手、そして使い手の関係性。エフスタイルのものづくり >>
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ぐるぐる。何故人は渦巻き文様に惹かれるのか


この文様を見たときになにを思い浮かべるだろう?
明治28年に、この渦巻き型の蚊取り線香が発売されて以降100年以上のベストセラーとなったために、たいていの日本人は、あの独特の香りのするお香しか思い浮かべられないかもしれない。

そのような声があることも覚悟の上で、西粟倉・森の学校のコーポレートシンボルとブランドアイデンティティにあえてこの渦巻き文様を使うことを提案させていただいた。

この文様はそもそも、とあるご縁からお付き合いさせていただいている、京都で唯一の手仕事による唐紙を作られている唐長さんのサロンで見つけたものだ。その後2010年の始めに、西粟倉村に初めて行ったのち、プロデューサーである牧さんのお話を伺っていく中で、そのあまりに力強い、原型そのものといえる形を使うに相応しい仕事であると確信した。基本的には普遍的にアジアでもヨーロッパでも古代から使われている文様として存在している渦巻きだが、唐長さんにインスパイアされてこのようなかたちになっていることは、明言しておきたい。

なので、僕自身が造形を生み出したわけでもないし、デザイナーと名乗れたものではないと常々思っている。西粟倉村の、本当に持続可能な地域作りの認知のために、バトンタッチをする手助けをさせていただいた。ということなのであって、デザイナーというよりは、編集者のようなものだなぁと改めて思い、その根源は自然そのものの造形にあるのです。

その渦巻き文様のロゴの意図を、はっくりくっきり言語化されている一節を今日たまたま見つけてちょっと嬉しかったので、そのまま下記に転載いたします。

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遺伝子組み換え技術は期待されたほど農産物の増収に繋がらず、臓器移植はいまだ決定的に有効と言えるほどの延命治療となっていない。こうした事例は動的な平衝系としての生命を機械論的に操作するという営為の不可能性を証明しているように思えてならない。平衡状態にあるネットワークの一部分を切り取って他の部分と入れ換えたり、局所的な加速を行うことは、一見、効率を高めているように見えて、結局は平衡系に負荷を与え、流れを乱すことに帰納する。

エントロピー増大の法則。エントロピーとは「乱雑さ」の尺度で、錆びる、乾く、壊れる、失われる、散らばることと同義語と考えてよい。秩序あるものはすべて乱雑さが増大する方向に不可避的に進み、その秩序はやがて失われていく。すべては磨耗し、酸化し、ミスが蓄積し、やがて障害が起こる。つまりエントロピーは常に増大するのである。生命はそのことをあらかじめ織り込み、一つの準備をした。エントロピー増大の法則に先回りして、自らを壊し、そして再構築するという自転車操業的なあり方、つまり「動的平衡」である。個体の死。その時には既に自転者操業は次の世代にバトンタッチされ、全体としては生命活動が続く。生命は自分の個体を生存させることに関してはエゴイスティックに見えるけれど、すべての生命が必ず死ぬというのは、実に利他的なシステムなのである。

私たちは今、あまりにも機械論的な自然観、生命観の内に取り囲まれている。そこではインプットを二倍に増やせば、アウトプットも二倍になるという線形的な比例関係で世界を制御することが至上命題となる。その結果、わたしたちは常に右肩上がりの効率を求め、加速し、直線的に進まされる。それが、ある種の閉塞状況を生み、様々な問題をもたらした。いま私たちは反省期に至りつつあることもまた事実である。私たちは線形性の幻想に疲れ、より自然なあり方に回帰しつつある。そこでは、効率よりも質感が求められ、加速は等身大の速度まで減速され、直線性は循環性に置き換えられる。

自然界は渦巻きの意匠に溢れている。巻貝、蛇、蝶の口吻、植物のつる、水流、海潮、気流、台風の目。そして私たちが住むこの銀河系自体も大きな渦を形成している。私たちは人類の文化的遺産の多くに渦巻きの文様を見る。それは人類史の中にあって、私たちの幾代もの祖先が渦巻きの意匠に不可思議さと興味、そして畏怖の念を持っていたからに違いない。渦巻きは、おそらく生命と自然の循環性をシンボライズする意匠そのものなのだ。

「動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか」福岡伸一著 より

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西粟倉・森の学校
http://www.nishihour.jp/gakko/

世界を駆け巡ってきた文様であるからこそ、普遍性があり、今見ても新しく見えて、美しい。
http://tamachan.jugem.jp/?eid=635

唐長サルヤマサロン
http://tamachan.jugem.jp/?eid=602
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