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数少ない天然のウナギを手に入れて食べてみると「なんてことをしてしまったんだ!」と、思います。
西粟倉の牧さんが「僕はちょっとウナギのことに関してはうるさいんですよ」と言い出して、始まった天然のウナギの話はかなり興味をそそる内容でした。



西粟倉でホタルが出てくるのはちょうど夏至のころ。水が綺麗な場所にしかいないホタルですが、水や水域の環境が整っていなければ現れない生き物たちが他にもたくさんいます。かつては、西粟倉の川には夏になると天然のウナギがやってきていました。ウナギがきちんと川で育つということは、森から土砂の流出が少ないことが重要です。土砂が川の中にたくさん流れ込むと、石と石の隙間が埋まってしまってウナギの巣になるような場所がなくなります。森から川に土砂が流れ込むと、いろんな魚の住むところを奪ってしまう。隠れるところがないと、鳥に食べられてしまうし川の中の空間構造が複雑でなければならないのです。

おいしい天然のウナギが食べれるっていうことは、森も川もコンディションが良いってこと。

シラスウナギ(ウナギの稚魚)の乱獲という問題もある。完全養殖ができるようになるっていう話もあるけれど、今のところウナギはシラスを獲ってきて養殖するしかない。根こそぎ獲っちゃうから、天然のウナギが川を遡上する可能性が低くなる。なんとか無事に川を遡上してきても、成長していくためのエサと住み場所がなくなってきているわけです。おいしい天然のウナギが食べれるっていうことは、森も川もコンディションが良いってことなんです。ウナギのエサになる他の魚もたくさんいるわけで。



この「なんてことをしてしまったんだ!」という感覚を共有してもらいたい。

アユとかウナギがいっぱいいれば日本の自然は豊かなんですよ。それが3〜40年前の何十分の一くらいの生物量になっている。そんなにお金をかけなくても、夏になれば日本人はいくらでも天然のウナギが食べられたんです。瀬戸内海から相当な距離がある西粟倉でも、ウナギは上って来てくれていた。経済が豊かになって、お金である程度買えるようになったけれど、お金で買うとどえらい高いものになっている。数少ない天然のウナギを手に入れて食べてみると「なんてことをしてしまったんだ!」と、思います。ほんとに美味しいですから。十人くらいの投資家さんで、夏に限定で天然のウナギを食べるということをしているのは、この「なんてことをしてしまったんだ!」という感覚を共有してもらいたいから。これだけ美味しいもんが食えない世の中になったんだっていうことを解って欲しいのです。昔は子どもたちが遊びの中でこの美味しい食材の調達をやってました。ウナギ捕りほどエキサイティングでそして美味しい遊びはないですよ。ウナギを捕まえて満面の笑みを浮かべる子どもたちの姿は、今の西粟倉にはもうありません。ほんとに残念なことです。

土曜の丑の日っていうのは七月なんだけれど、天然のウナギがおいしい時期じゃないんですね。

お盆以降にぐっと油がのってきて、おいしくなります。魚の旬って二つあって、食べてほんとにおいしいっていう旬と、この時期にたくさん採れるっていう意味で旬って言っているものがある。鰆(さわら)なんて典型的だけれど、春は瀬戸内の浅いところにたくさん集まってくるんだけれど、その頃は栄養分が卵巣精巣に全部行っちゃっていてあまりおいしくなくて、ほんとは1月〜2月がおいしいんです。ウナギも食べたときに美味しいのは、春とか冬なんだけれど、かなり最高なタイミングで天然のウナギとりがうまいおじさんに手配をして、お迎えするのが夏の源流ツアーなんです。というところで、原生林を体験して、天然のウナギを食べるっていうところがミソなんです。

去年はウナギをさばくっていうことをできるのが、僕しかいなかったんで、朝の2時か3時までウナギをすぐさばいて食べれるようにしておかないといけないから、倒れそうだったんだけれど。ほんとはさばいてすぐぴくぴく動いたのを焼くのがおいしくて、タレも自分でつくった。このツアーはとんでもなく手がかかっているんです。

「昔は牛肉なんて食べられなかった」って言ってるようなおじいちゃんも、天然のウナギとアユは腹いっぱい食ってたんです。

高知の四万十川での話ですけど、「昔は牛肉なんて食べられなかった」って言ってるようなおじいちゃんも、天然のウナギとアユは腹いっぱい食ってたんです。「戦争中はなかなか腹一杯くえなくて困ってた」って言うんだけれど「ウナギとかアユとか昔いっぱいいましたよね?」って聞いたら「ああ。そういえばそうだったな。食べたいだけ取って食べてた」って。今となっては贅沢な話だなぁと思います。




ウナギやアユの住処を作り出している水。その大元を作り出しているのは、西粟倉の最も北にある、原生林です。良い森ってなんなのでしょう?急に水の量が増えなかったり、水が濁らないのが良い川ということになります。良い川が存在するには、水を溜め込む良い森が必要です。原生林には、高い水源涵養機能があるのです。

一斉に光が入らない状態というのは、人工的にしかできない

原生林の中には、若い木から古い年寄りの木まで中にはあります。大木が倒れると空に大きな穴ができます。200歳、300歳というところまでくるとかなり大きな空間を占拠しています。その木が倒れてぽっかりと空が見えるようになると、そこから植物たちの陣取り合戦が始まる。周りにある木が空間を埋めることもある。下からもどんどん若手も出てくる。局所的には世代交代が起きていて、総体として一定の姿が保たれているのが原生林の姿なんです。森の下の方でも日が射さないなりに少ない光をうまくやりくりして生きていく植物がいます。笹があったり、若い木があったりして。多様で複雑な空間構造になっていて、全体として安定しているのです。だから逆に、一斉に光が入らない状態というのは、人工的にしかできないわけです。人工林だと急にまとまった面積で一斉に同じ年齢の木を植えます。同じ年齢の木ばかりが大きくなることは自然の中では起きない。だから、放置された人工林ように、森の中が真っ暗になるという状況はそもそも起きにくいのです。間伐さえちゃんとしておけば、人工林だって豊かな良い森にはなるのです。



森の水源涵養機能

原生林に入ってしばらく歩いていくと、地面がふかふかになってくるのを足で感じます。A0(エーゼロ)層とかオーガニック層と言われる土の表層の部分がよく発達しているからです。ここがスポンジのようにたくさん雨水を吸い込むというのが、森の水源涵養機能。西粟倉の特徴は、一番上流に原生林があって、百年を超える立派な人工林があって、さらに40年〜50年の人工林があって、いろいろなタイプの森をとても狭い範囲の中で見ることができます。



この記事は西粟倉・森の学校発行の季刊誌「ニシアワー」でお読み頂けます。
http://www.nishihour.jp/pdf/kikanshi-natsu.pdf(PDF形式、30.2MB)

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原生林と腐海の森
http://tamachan.jugem.jp/?eid=688

生態学的な思考による地域のデザイン「ニシアワー」
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ホントに持続可能な地域作り「西粟倉・森の学校」
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