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ネットでものを買うこと。ecの未来について


いや、なにが良いって、よくわかってるなぁと。生活をするっていう超、超、超、基本的前提の上に、生活雑貨を買うっていう。無印良品とかで買うんじゃなくって、IKEAとかで買うんじゃなくって。だけど代官山のインテリアショップのバカ高い値段の雑貨を買うでもなく、ミッドタウンのやたらと無駄に資本投下されてしまっていて、扱っているものはいいものだけども買う気が起きないくらい高いものではなくて。

ちょっと良いもの。だけれど骨董だったり、焼き物だったり、木だったり。きちんと誰がつくったかストーリーが語られていて、どこでつくってるのかが見えていて。文脈がきちんと多方向に延びていて。結果的に払ったお金が誰に届いていて、誰が幸せになっているかが、しっくりくるもの。みんな、そういうものが欲しいんじゃないのか?それも「欲しい」というよりも、関わりたいというような言葉の方が正しいのかもしれない。

だけど、そういうもんが無いんだなぁ。今の若者が消費しない世代、だなんてウソだ。いままでの大人達があの手この手で消費させようとしているものが、だいたいウソばっかりだってことが見えて来ちゃっただけの話で。特にネットの世界では。eコマースっていう言葉が生まれて15年くらい経つのだろうか。その間いろいろいろいろさまざまーーーな取り組みがされてきて、Amazon.com みたいに流通を根本から作り替えたような存在も出てきたけれど、僕はなぁんかインターネットっていうものをまったくわかっちゃいない奴らが、都合の良いように勝手な流通構造をつくっているようにしか感じられない。
その最大の戦犯にして諸悪の根源が、最近英語を社内共通語にするとかいう馬鹿げた会社の 彼らなんだけれど。彼らのおかげで、ecサイトっていうのは、こういうもんだと思われてしまっている。こういうもん、っていうのはつまり商品ひとつひとつを丁寧に紹介していなかったり、丁寧に扱っていなかったり、そもそも自分たちでも使っていないようなもんを売っていたり、いらん押しつけ広告メールを送りまくってきたり・・・(省略)とにかく、強欲資本主義の果てに生まれた、なにかこう、とてもグロテスクな行いになってしまっている現状のecサイトの現実がある。そして悲しいかな、なにひとつ、ろくに文脈的な豊かさを提供できていないにもかかわらず、海外進出しようなんていうのは愚の骨頂以外のなにものでもないであろう。



さて、その楽天とかがまったくできていないのが、商品に文脈付けをするっていうことだけども、たとえばこういうことだと思う。ただ、陶芸作家さんの作品を取り扱うにしても、最終的にはどんな風に食べ物に盛りつけるかっていうことなわけで、使うシーンまでビジュアライズされてようやく、あ、これ買おっかなって思う。ここらへんはレシピサイトなんかも「わかってないなーーー」と日頃常々思っていることなんだけども、レシピだったらひたすらレシピだけがとんでもない量掲載されてたりするけど、まったくなにを食べたいとかっていうインスピレーションが沸かないんだよね。リアルなとこでいえば、スーパーマーケットとかはほんとに酷い。食べ物を買いたくなる空間じゃない。

例えばこれ、花器だったらフラワーアーティストさんなりアマチュア華道家さんが花を生けていてもいいかもしれない。そこから花屋さんに繋がっていく。そういうことがつまり文脈付けをするっていうことだと思う。



そしていざ買おうと思って詳細ページに行ってみると・・・。品切れ中だった。でも、それでいいのです。いつでもたくさん在庫がストックできるような大量生産品はいらないし、作家さんが大量につくらなければいけないような状況をつくってしまっても作る側の負担が増えるだけなので。「いまちょっと忙しいからこれ以上つくれない!」とか、作る側の顔が見えるっていうのはそういうことなんじゃないかと思う。



季節っていうのは、大きな文脈の一つだ。その季節にしか楽しめない空気があったり、それにあわせた豊かな営みがある。桜の花見のためにお弁当箱を新調するとか、七夕祭りのために浴衣を新調するとか。季節は、その時々の文脈をかなり多方面に広げてくれる。



そうして一つ一つ掘り下げていくうちに、これはいったい誰がつくったのかということが気になってくる。もちろん加工業者ではなく、その材料一つ一つをつくった農家さんだったり。その材料は農薬は使われているのか、有機っていったいなんなんだろう?そしてなにより、なんでこれはこんなに美味しいのか。美味しかったものっていうのは結局どこかで必ず理由があるものだ。そしてそれ相応の価格になっているはずだ。美味しくて安全な食べ物が安いなどということは決してありえない。そういうものは内情を調べていくうちに必ずグロテスクな事情に出くわすことになる。

このサイトを眺めていると、そんな文脈の多様性について気付かされるとともに、如何にてきとうなできあいのものを買わされる世の中に生きているものだと実感させられる。かつて何度も言っているが、インターネットは人間性を豊にする方向を目指していると思っている。ecサイトの本来あるべき姿を、インターネットの本当の使い方を、少しでも考えるきっかけになることを願って。
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