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ソニーの終焉と、日本株式会社の終焉


たまたま立ち寄った青山ブックセンターで平積みされていた @ktsujino さんの本を手に取った後、以下のことをつぶやきながら一気に読み切った。

ソニーへの鎮魂歌

辻野晃一郎さん。ソニーでVAIOのデスクトップ事業の創業期を担った人らしい。この人がつくったのか。と同時に読み進めていくうちに「ソニー」という存在そのものを思い出させてもらった。初期のVAIOからはノート型からもデスクトップ型からも、たくさんたくさん夢を貰った。それと当時に、ああ、もうあの神々しいまでにポジティブなエネルギーを放ち、インスピレーションを与えてくれるソニーは、本当に亡くなったんだな。と寂しくなった。この本は、そんなソニーへの鎮魂歌のような本だ。本当に悲しい限りである。

背景にいる創造的な個人の存在

この本を読んで益々思うのが、企業内における一個人の力がどれほどか大きいということである。薄々ながらも当時の一連のVAIO製品群には、その背景にいるであろう創造的な個人の存在を感じさせていた。2000年を過ぎた頃からであろうか徐々にそれを感じなくなっていった。このことから思うのは、すべて「SONY」の四文字にブランド価値を託すのではなく、@ktsujino さんのような開発者個人は全面に立ってピーアールされるべきである。ということだろう。はっきり言って、現在のソニーはウソである。当時のイノベーティブなソニーはもう既に亡い。
まぁ、でもこの本に書かれていることを読んで、ずうっとプロダクトを通じて、薄々感じていたソニーの内部腐敗がかなり鮮明に告発されたので、気分的にはだいぶスッキリした感じである。個人の存在抜きにして、企業の永続性などありえないのだ。

ハードディスクレコーディングの一時代

先日、実家を掃除していて、ずうっととっておいてあった PCV-S610(型番まで良く覚えている。1998年に購入)を廃棄した。なにか尋常ならざるオーラを感じるコンピュータだったので、売り時を逃したままだった。およそ、パソコンでテレビ番組録画ということができるようになって、一番最初に実用的に使えることができるものであったこのコンピュータを購入したその日から、ハードディスクレコーディングというものを始めた。(ハードディスクレコーディング12年の蓄積)インターネット時代などと呼ばれてはいつつも、地上派テレビ放送からインプットしてきた知識は計り知れない。そんな、ハードディスクレコーディングの一時代を作り出したのも @ktsujino さん達だったことを知って、いくら感謝してもしきれない思いである。



PCV-S610。2000年頃。現役を引退してもなお、ワークステーションとして愛用していた。


沈みゆく船と共にする

沈みゆく船だと解っていながらも、最後の最後までやるべきことをやった人達は、幕末の幕臣にもいたわけで。そういう人達は、ついつい思い入れが深くなってしまうのです。彼の人生は、榎本武揚に似ているなぁ、と思った。勝海舟の部下でありながら江戸城無血開場へと導いた彼とは真反対の生き方だった。大政奉還後に幕府海軍の軍艦8隻を率いて転戦。最終的に幕府側の生き残り3千余名と共に、箱館の五稜郭に立て籠もり、蝦夷共和国として独立国家を宣言するに至る。ここまでは、ソニーでの22年間の出来事を彷彿とさせるものがある。

榎本武揚は五稜郭での敗北後、数年後に明治新政府に登用され、数々の大臣を歴任した。東京農業大学を創設したりもしている。このあたりは、これからの展開を想像させる。

遊びは、格が違う者同士では成立しない

ソニーの話に戻す。「自分の仕事をつくる」の著者として数々の仕事と生き方について語ってこられた西村佳哲さんのブログにソニーについての記述があった。
様々な文化的領域をみずから形づくる人たち。切り拓いた場所を愛して、率先して遊び・楽しむ人。たとえば10代・20代の頃の僕には、ソニーもそんな存在のひとつだった。商品についても技術についても、漁夫の利を狙う二番煎じの仕事はしない。常にその分野を拡張するパイオニアで、後から参入してきた別の企業がより賢い商売をして稼いでも、さらに新しい場を拓いて先へ進む(たとえばベータ、VHS、そして8mmビデオの流れのように)。彼らが次にどんなものを「これ、どう?」と差し出してくるか、いつも楽しみでワクワクしていた。

しかし、30代になった自分が実際にソニーと仕事をする機会を得て気づいたのは、そこで出会った社員の大半に、さほどパイオニア性が感じられないことだった。たまたま僕が出会った数名の話であってどう考えてもサンプル数は少ないが、就職先として新卒の人気が高い他の企業にも同じような印象がある。

つまりその場が魅力的になってから、イケてる感じになってから憧れを持って近づき加わろうとする人たちは、ファンやフォロアーであって、メンバーではない。格が違う。

遊びは、格が違う者同士では成立しない。遊びとはお互いの力や可能性を確かめ合うような時間なので、ある程度「格」が揃っていることは欠かせない要素だと思う。手応えのない相手と遊んでも、一言でいえばツマラナイわけだ。

生き生きとした場をつくる? http://www.livingworld.net/blog/100316_millefeuille/
いまとなっては、という話だが。恥ずかしながら十代後半の自分がキャリアの上で、まずは目指そうと思った会社はソニーである。なんとかしてプロダクトデザイナーになり、この会社に入ってみようと思った時期があった。(しかし、現実はそうはならなかったけれど)結果として、自分の行く場所ではなかっただろうし、入ったとしてもそうそう長続きはしなかっただろう。


日本株式会社の終焉

ソニーを思い出すと共に、かつて、アップルやグーグルのような創造的でイノベーティブな会社が、日本にもあったことを思い出させてもらった。確実にそんな時代があった。そういえば、半年ほど前に @a_kodama くんが、「ソニーへのオープンレター」という記事で、製品開発の現状について感じることを述べていた。そのときに彼と話をしていて「ソニーがダメになったら、本当に日本の企業文化は終わりだね」と、半ば冗談交じりに言っていたことが、遂に本当になったのだろう。

本を読み終えて、やっぱり僕はものづくりをやりたいなぁと。ソニーの次をやってる人に会いたいなぁと。アップルに対抗する必要があるかどうかはわからないけれど、かつてのソニーの文化遺伝子を引き継いだ会社と、そのプロダクツを想像するとワクワクする。そんな @ktsujino さんのところに、取材がてらに遊びに行きたいと思った。

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グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた
http://www.amazon.co.jp/グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた-辻野晃一郎/dp/4103288213

「ミスターウォークマン」黒木靖夫
http://tamachan.jugem.jp/?eid=356

大事なことはすべて盛田昭夫が教えてくれた
http://www.amazon.co.jp/大事なことはすべて盛田昭夫が教えてくれた―ともに泣き、ともに笑った三十四年の回顧録-黒木-靖夫/dp/4584185239
| | 00:47 | comments(2) | - |
まさしくそのとおりソニーの組織最悪過ぎる。管理職ばかりの組織。実際のエンジニア数名、これで開発できるのか?もう働きたくなくなる組織構成どうにかしてほしい。一日中徘徊してる管理職みてるだけで憂鬱になる。年寄り(管理職)10人に対してエンジニア1人で世話する感じ・・やってられないよぉ〜!がまんできなくて退職したけどね。。新しいものなんてあれじゃできないよ。。。頭が固い理屈ばかり本当にここあのソニーって思う。
| 元ソニー社員 | 2010/11/25 9:17 AM |
私が子供の頃はSONYのお店にカタログをもらいに行くのが何よりの楽しみでした。
一日中カタログを眺め、夢描いていた少年時代。
興味を失ったのは・・・そう、盛田さんが亡くなったころから。
はっきり言ってなんの魅力も感じない会社になってしまいました。

ソニー男

小学校のあだ名でした。
ソニー = 自分 でした。
電池一つでもSONYでないと納得ができませんでした。

sonyというブランドは私の中では昔のいい思い出になっています。
| kaneko hironori | 2011/01/11 9:11 PM |