tamalog

Output and input from 1998 to 2010
このウェブサイトは、2010年末で更新を終了し http://tamalog.me/ に移行しました。
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近い未来のMacintoshは手書き
これは一週間くらい前に流れていたウワサ。
近い未来のMacintoshはマウスは使わずに操作する。画面上に直接指でタッチするらしい。それも5ほんの指全部をつかって。

具体的にはこんな感じ

これは単純にカーソルが複数個に増えたと思えばいい。よくよく考えてみたらいままでカーソルが一個しかなかったってことをあたりまえに受け入れてきすぎてたわけで、カーソルが増えるなんてことは考えもしなかった。これがタブレットPC型のMacintoshに搭載されるという。グラフィカルユーザインターフェイスとタブレット型PCの進化形として非常に洗練されかつあるべきかたちになったと思う。

最近は確実に自分の脳が考えてることがコンピュータに伝わるのに、マウスがボトルネックとなっていて作業スピードに限界が来てしまうというところまできてしまった気がする。もはや鬼のように処理速度が早いと言われているG5x2個でもぜんぜんダメで、Inputデバイスの根本的な変化が切実に求められる。

これは最近リークされた、6世代目iPodと言われているものの写真。

次のiPodにはスクロールホイールが搭載されず、画面上にスクロールホイール状のインターフェイス画面が現れるという。タブレットPC型Macintoshが登場する前に、まずはこのiPodに新しいインターフェイスが搭載されるというウワサ。

そういえば、2003年にソニーコンピュータサイエンスラボの研究発表の中にも「SmartSkin」という同様のものがあったけど、あっちはどう実装してくるんだろう。
| 情報デザイン・メディアデザイン | 03:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
今日のオンラインソフト
突然で唐突ですが「今日のオンラインソフト」というカテゴリーをつくります。
コンピュータの復旧用にも便利だからってのもあるんだけど。



BackLight (EnglishOnly)
http://www.freshlysqueezedsoftware.com/
freeware
MacOSX 10.2〜

このオンラインソフトは、ひとことで言うとデスクトップの背景をアニメーションさせてくれます。具体的には、スクリーンセーバーとデスクトップバックグラウンド画像(壁紙)と、iPhotoの写真のスライドショーと、iTuneのアートワークから選べます。
昔、アイ・オー・データというメーカーから出ていたTVチューナーボードに「TVを壁紙にする」っていう設定があったけれどもあれは結局使わなかったな。背景が動いているっていうのはなんとも落ち着かないものだけど、しかし、そのコンピュータパワーの無駄遣いっぷりが良いと思った。

●screenshot

この状態でグリングリン壁紙がアニメーションするのだ
| - | 19:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
ここしばらくの聖書です
最先端を突っ走っている皆様は、もう既にお読みになられたかもしれません、が。

ウェブ進化論 梅田望夫 ちくま新書



新宿のルミネにある旧青山ブックセンターだったブックファーストにて
ただならぬ雰囲気の新書があった。
およそ100冊ほども置ける一等地の新書コーナーに、残りただ一冊のみ。

時を同じくして1995年12月に出版された伝説の二冊
・ビル・ゲイツの「ビル・ゲイツ未来を語る」アスキー出版局
・村井純の「インターネット」岩波新書

以来およそ10年ぶりにインターネット及び情報テクノロジー分野において開明的な本が出た。

この10年間って。日本では、xDSL、光ファイバーのインフラによって、インターネットの利用が劇的に進み、一般化したし。GUIによってとてもとてもコンピュータのインターフェイスがわかりやすくなったように思う。けども、テクノロジーの「普及」はしたけども「進化」はおよそほとんどなかったように思う。

ヤフーやライブドアや楽天というネット企業に感じられないもの。そしてひょっとしたらソニーや松下などというような日本を代表するエレクトロニクス企業にはできたかもしれないのに、やってこなかったこと。特に2000年が過ぎてからの5年間は空白だった。虚無感が漂っていた。9.11以降特にその傾向が強くなった。(本書によるとそれは2000年の米国におけるITバブル後の経済停滞期にテロと戦争が拍車をかけたからだという)

その空白は辛かった。だから!だからね、NPOだの社会貢献系に走ったのですよ。最近Web2.0と呼ばれていることは既に2003年あたりからだいぶ僕らはやってきたことだし、NPOだの社会貢献系っていうのはそれが既存メディア及びその関連業界では非常にやりにくいんだけども、やりやすいフィールドだと思ってそれなりにいろいろやった気がする。でも最近だいぶ不完全燃焼、欲求不満が募っている。だからこのような流れはとても歓迎したい。

まぁ、空白の10年間を埋めるような出来事が海の向こうでは始まっているのですね、と、2005年末からふつふつと思っていたことが、綺麗に一冊にまとめられてることに、驚きました。


梅田望夫さんて、そうか、こないだのアエラの記事「Googleが脳に変わる日」にも出ていた人だ。ブログも書いてるみたい。
| | 18:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
世界人口、65億人を突破
HOTWIREDの記事。米国勢調査局の『世界人口時計』によれば、地球上の人口は2月25日午後7時16分(米国東部標準時)に65億人を突破するという。

世界人口時計
http://www.census.gov/ipc/www/popclockworld.html

6,499,706,487 2006.2.24 22:44(日本時間)

07/01/05 6,451,058,790
08/01/05 6,457,380,056
09/01/05 6,463,701,322
10/01/05 6,469,818,677
11/01/05 6,476,139,943
12/01/05 6,482,257,297
01/01/06 6,488,578,564
02/01/06 6,494,899,830
03/01/06 6,500,609,361
04/01/06 6,506,930,627
05/01/06 6,513,047,982
06/01/06 6,519,369,248
07/01/06 6,525,486,603

すごく大雑把だけども、64.5億人から65.0億人へ、5千万人増えるのにかかった日数はわずか9ヶ月。ということは世界の人口が1千万人増えるのにかかる日数はたった1.8ヶ月なのだ。

世界人口時計の予想では、世界人口は2012年に70億人に到達するという。
| - | 22:39 | comments(0) | trackbacks(27) |
竹村真一×鈴木寛 3時間ダイアローグ#02
竹村さんがいくつか水関係のプロジェクトを仕込んでいるということで。そこからいくつかお話をいただければ。
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| ログ | 23:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
[暦]湘南


2006年2月15日(水)
二十四節気「立春」2/4〜2/19
七十二候 末候「魚上氷(うお こおりを のぼる)」割れた氷の間から魚が飛び出る

気温18.3度

久々に湘南にいく。写真は江ノ島から見た藤沢。
江ノ島に大きなスパが出来てた、けど、入る気はしなかったな。
いつぶりだろ?珊瑚礁に行く。そしておきまりのコースの七里ヶ浜の砂浜を散歩する。
一日遅れのバレンタインチョコを貰った(嬉)
| | 23:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
二十一世紀に生きる君たちへ
今日から丁度10年前、一人の作家が亡くなったらしい。
司馬遼太郎。その日は、亡くなったことも、その人の存在すらも知らなかった。
初めて著作に目を通したのも、二十一世紀直前のことだったと思う。
しかしその後、膨大な彼の著作をひとつひとつ制覇していくことがライフワークの一つとなった。

司馬遼太郎は膨大な活字の中から、文脈を見いだし、ひとつひとつそれを世の知るところとして表してきたジャーナリストのような人種だと思う。坂本龍馬などは昭和の20年代までは歴史に埋もれていたのだ。教科書通りに行くと、信長>秀吉>家康が天下の変遷だと思いこんでいたが「国盗り物語」を読んで以後その認識はずいぶん変わった。斎藤道三こそ、その流れの原点ではないか。そして明智光秀は単なる嫉妬と憎しみにかられた謀反人ではない。

彼は特に日本人というものについて追求している。著作の中で、明治維新から半世紀前、民間人として自発的に単独でロシアと外交交渉を行い幕府との戦争を回避した商人、高田屋嘉兵衛を主人公にした「菜の花の沖」や、越後長岡藩家老であり、戊辰戦争最大の激戦、北越長岡戦争を戦った河井継之助を主人公にした「峠」の二作が鮮烈に記憶に残っている。

これらの主人公は、明治維新の英雄でもなければ、その後の社会になんら影響を及ぼした人物でもなく、ただの江戸時代の一商人であり、敗軍の将でしかなかった。しかし明治政府をつくりあげたマジョリティーより、何倍も魅力があるように感じるのはなぜなのだろう。

以下の文章は、司馬遼太郎が小学校6年生向けの教科書のために書き下ろした文章である。1980年代後半、バブル真っ直中の日本を眺めながら、しかし子供達のために書いたのだという。この教科書は当初、どの小学校にも採用されることはなかった。しかし司馬遼太郎は「子供達にメッセージを書くことができただけで大満足」であったそうである。


二十一世紀に生きる君たちへ 司馬遼太郎

私は、歴史小説を書いてきた。
もともと歴史が好きなのである。両親を愛するようにして、歴史を愛している。
歴史とはなんでしょう、と聞かれるとき、
「それは、大きな世界です。かつて存在した何億という人生がそこにつめこまれている世界なのです。」
と、答えることにしている。
私には、幸い、この世にたくさんのすばらしい友人がいる。
歴史の中にもいる。そこには、この世では求めがたいほどにすばらしい人たちがいて、私の日常を、はげましたり、なぐさめたりしてくれているのである。
だから、私は少なくとも二千年以上の時間の中を、生きているようなものだと思っている。この楽しさはーーもし君たちさえそう望むならおすそ分けしてあげたいほどである。

ただ、さびしく思うことがある。
私が持っていなくて、君たちだけが持っている大きなものがある。未来というものである。
私の人生は、すでに持ち時間が少ない。例えば、二十一世紀というものを見ることができないにちがいない。
君たちは、ちがう。二十一世紀をたっぷり見ることができるばかりか、そのかがやかしいにない手でもある。

もし「未来」という町角で、私が君たちを呼びとめることができたら、どんなにいいだろう。
「田中君、ちょっとうかがいますが、あなたが今歩いている二十一世紀とは、どんな世の中でしょう。」
そのように質問して、君たちに教えてもらいたいのだが、ただ残念にも、その「未来」という町角には、私はもういない。
だから、君たちと話ができるのは、今のうちだということである。

もっとも、私には二十一世紀のことなど、とても予測できない。
ただ、私に言えることがある。それは、歴史から学んだ人間の生き方の基本的なことどもである。

昔も今も、また未来においても変わらないことがある。そこに空気と水、それに土などという自然があって、人間や他の動植物、さらには微生物にいたるまでが、それに依存しつつ生きているということである。
自然こそ不変の価値なのである。なぜならば、人間は空気を吸うことなく生きることができないし、水分をとることがなければ、かわいて死んでしまう。
さて、自然という「不変のもの」を基準に置いて、人間のことを考えてみたい。
人間は、ーーくり返すようだがーー自然によって生かされてきた。古代でも中世でも自然こそ神々であるとした。このことは、少しも誤っていないのである。歴史の中の人々は、自然をおそれ、その力をあがめ、自分たちの上にあるものとして身をつつしんできた。
この態度は、近代や現代に入って少しゆらいだ。
ーー人間こそ、いちばんえらい存在だ。
という、思いあがった考えが頭をもたげた。二十世紀という現代は、ある意味では、自然へのおそれがうすくなった時代といっていい。

同時に、人間は決しておろかではない。思いあがるということとはおよそ逆のことも、あわせ考えた。つまり、私ども人間とは自然の一部にすぎない、というすなおな考えである。
このことは、古代の賢者も考えたし、また十九世紀の医学もそのように考えた。ある意味では平凡な事実にすぎないこのことを、二十世紀の科学は、科学の事実として、人々の前にくりひろげてみせた。
二十世紀末の人間たちは、このことを知ることによって、古代や中世に神をおそれたように、再び自然をおそれるようになった。
おそらく、自然に対しいばりかえっていた時代は、二十一世紀に近づくにつれて、終わっていくにちがいない。

「人間は、自分で生きているのではなく、大きな存在によって生かされている。」
と、中世の人々は、ヨーロッパにおいても東洋においても、そのようにへりくだって考えていた。
この考えは、近代に入ってゆらいだとはいえ、右の述べたように、近ごろ再び、人間たちはこのよき思想を取りもどしつつあるように思われる。
この自然へのすなおな態度こそ、二十一世紀への希望であり、君たちへの期待でもある。そういうすなおさを君たちが持ち、その気分をひろめてほしいのである。
そうなれば、二十一世紀の人間は、よりいっそう自然を尊敬することになるだろう。そして、自然の一部である人間どうしについても、前世紀にもまして尊敬し合うようになるにちがいない。そのようになることが、君たちへの私の期待でもある。

さて、君たち自身のことである。
君たちは、いつの時代でもそうであったように、自己を確立せねばならない。
ーー自分に厳しく、相手にはやさしく。
という自己を。
そして、すなおでかしこい自己を。
二十一世紀においては、特にそのことが重要である。
二十一世紀にあっては、科学と技術がもっと発達するだろう。科学・技術が、こう水のように人間をのみこんでしまってはならない。川の水を正しく流すように、君たちのしっかりした自己が、科学と技術を支配し、よい方向に持っていってほしいのである。
右において、私は「自己」ということをしきりに言った。自己といっても、自己中心におちいってはならない。
人間は、助け合って生きているのである。
私は、人という文字を見るとき、しばしば感動する。ななめの画がたがいに支え合って、構成されているのである。
そのことでも分かるように、人間は、社会をつくって生きている。社会とは、支え合う仕組みということである。
原始時代の社会は小さかった。家族を中心とした社会だった。
それがしだいに大きな社会になり、今は、国家と世界という社会をつくり、たがいに助け合いながら生きているのである。
自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようにはつくられていない。

このため、助け合う、ということが、人間にとって、大きな道徳になっている。
助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。
他人の痛みを感じることと言ってもいい。
やさしさと言いかえてもいい。
「いたわり」
「他人の痛みを感じること」
「やさしさ」
みな似たような言葉である。
この三つの言葉は、もともと一つの根から出ているのである。
根といっても、本能ではない。だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならないのである。
その訓練とは、簡単なことである。例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、そのつど自分の中でつくりあげていきさえすればよい。
この根っこの感情が、自己の中でしっかり根づいていけば、他民族へのいたわりという気持ちもわき出てくる。
君たちさえ、そういう自己をつくっていけば、二十一世紀は人類が仲よしで暮らせる時代になるのにちがいない。

鎌倉時代の武士たちは、
「たのもしさ」
ということを、たいせつにしてきた。
人間は、いつの時代でもたのもしい人格を持たねばならない。人間というのは、男女とも、たのもしくない人格にみりょくを感じないのである。
もう一度くり返そう。さきに私は自己を確立せよ、と言った。自分に厳しく、相手にはやさしく、とも言った。
いたわりという言葉も使った。それらを訓練せよ、とも言った。それらを訓練することで、自己が確立されていくのである。そして、”たのもしい君たち”になっていくのである。

以上のことは、いつの時代になっても、人間が生きていくうえで、欠かすことができない心がまえというものである。
君たち。君たちはつねに晴れあがった空のように、たかだかとした心を持たねばならない。
同時に、ずっしりとたくましい足どりで、大地をふみしめつつ歩かねばならない。
私は、君たちの心の中の最も美しいものを見続けながら、以上のことを書いた。
書き終わって、君たちの未来が、真夏の太陽のようにかがやいているように感じた。


大阪書籍発行「小学国語」6下
| ログ | 21:52 | comments(2) | trackbacks(0) |
イタリア行く人買ってきて!!
プリンター大国日本。年末年賀状商戦時期には死ぬほどCMを放送するのに、全くその広告的要素がココロにヒットしない。昨今珍しいくらいほしいのにほしくないプロダクト。それがプリンターであります。

そんな欠乏状態に突如現れた複合型プリンター。オリベッティANY_WAY。

olivetti

こういうのがほしいんですよこういうのが!セイコーエプソンさんキヤノンさん。
どうして作れないんだ!センスのカケラも無くなってしまったのか・・・。
しかしこれ、たとえイタリアで買ってきたとしても、インクをどうやって入手するのかさっぱり想像もつかないので、かなり実用的ではなさそう。

ちなみに、デザイナーはJames IrvineとAlberto Meda。Medaはうちの椅子のあのMedaさんです。

オリベッティというのは、元々タイプライターメーカーで、アンティークなインテリアショップでよく目にする紅いタイプライター・バレンタインをつくったメーカーだったが、前世紀に買収につぐ買収を繰り返され、ほとんど日陰の存在となっていた。

このシリーズでは深澤直人が日本代表を務めていた米国のプロダクトデザイン会社IDEOや、ジャスパー・モリソンもデザインチームに参加するという。

http://www.olivetti.com/site/public/product.asp?cid=254&sid=&iid=563
| 買物三昧 | 23:56 | comments(2) | trackbacks(0) |
最近よくテレビに
すごく身近だったり、知ってる人が出るのを見かける。

サステナのマエキタミヤコさんがほっとけない関連でずいぶん色々出たけど、なぜかトリビアの泉(2005年11月15日放送)に出ていた。女性コピーライター代表の一人として10分くらい。

SFCの学生ベンチャー ニューロンの代表取締役を一時期務めていた駒崎弘樹くんが、去年立ち上げたNPO「フローレンス」の代表、社会起業家としてNHK教育の「あしたをつかめ・平成若者仕事図鑑」(2006年1月30日放送)で密着取材されていた。彼は同い年なので、ずいぶん立派にでているとプレッシャーを感じる。

そして、エレファントデザインで大変大変お世話になった西山浩平社長が、ニューデザインパラダイス(2006年2月24日放送)に出演し「履歴書」にメスを入れるらしい。

はて、テレビに出るってどういうことなんだろう?戦略的に出たい人、たまたまきたから出てみた人。出たくないのに出ちゃう人。

そうそう、プロジェクトXの後番組「プロフェッショナル仕事の流儀」は、司会者に茂木健一郎を起用したり、第一回が星野リゾートだったりと、ずいぶん派手にやるなぁと思っていたが、佐藤可士和はどうかと思うぞ。広告屋としては尊敬するけど、ハッキリいって彼は中身が無い。あのケータイは特にコンセプトが真っ向から深澤直人とバッティングしていて、なんとも悲惨だった。マスメディアではそれでいいかもしれないけど、この先どうするつもりなんだろう彼は。あの出演は彼自身にとってマイナスブランディングだったんじゃなかろうか。ああいう出方はしたくないもんだとつくづく思った次第。
| - | 23:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
NHKスペシャル 同時3点ドキュメント 移民漂流10日間の記録
まだ書きかけだけど・・・、あまりに衝撃的だったので、気持ちが風化してしまう前にアップします。

どうにもこれを見ていて、ただ呆然となるしかなくて、やるせなくて涙が出てきた。

歴史が繰り返していること。そして他人事ではなくなりつつあること。移民の連鎖。少子高齢化に喘ぐイスラエルに移民したエチオピア人は、結局下層階級化してしまっていること。そのイスラエルではパレスチナ問題に嫌気がさした若者がドイツに移民したがり、その母親はホロコーストの記憶を息子に説くが、その若者も結局はドイツに行く決心をする。しかし、行った先のドイツでは、昔ながらのトルコ移民を中心とした下層階級層が全国規模でデモを繰り広げ、いわゆるネオナチの決起の要因となっている。ユダヤ人の状況は60年前と酷似し始めている。ドイツ政府も積極的に移民を受け入れているものの、「優秀」であることがその条件であるという。このような事態は、先進国各国で起こっており、国連の報告書によると日本は年間60万人の移民を受け入れなければ労働力が維持できないという。

2030年には、国民の3分の1が60歳以上になるそうだ。そうなったときにいったいどうやって年金制度が維持されるのかが、僕がこのような問題を考える直接のきっかけだったけれど、アジアでも同様のことが起こるのだろうか。

しかし、そこまでして守ろうとする国家って、いったいなんなんだ?人間は優秀でなければその存在価値がないというのか。
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| ログ | 01:25 | comments(0) | trackbacks(0) |